第1部「日本画」
審査主任 山下邦雄(やましたくにお)
第70回記念展は3年ぶりの開催となりましたが、一般会員の出品数は174点で69回展と同程度の出品数となり、安堵しました。
様々な作風にあふれ、画面の色数も豊富な作品がそろいました。どの作品も優劣を決めることが難しく、とても興味深い審査となりました。
ベテランの味わいある作品から、瑞々しく新鮮な高校生の次の世代を期待させる作品まで幅広く、テーマの扱い方も豊かで多様な表現力に感心しました。
また、水墨画の作品も見られ、日本画部全体のレベルと深みが増してきました。
次回展も日本画の表現技法の可能性を追求し、より多くの人に日本画に親しんでもらい、日本画界がさらに発展していくことを願ってやみません。
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「影」
古山由樹(こやまゆき)
窓から見える木々と窓ガラスに映る木々を、ダブルのイメージで表現し、微妙な色彩や光と影を型押しや砂子を使って、画面に面白さと複雑さを出しています。
静かな時の流れを感じさせてくれます。
日本画として新しい感覚の作品が知事賞になりました。
■埼玉県議会議長賞
「Space」
安藤克也(あんどうかつや)
建物の壁面のような古びた美しさに、マチエールの肌合いや箔を使用し、蛾なども止まらせて表現に工夫をしています。力強い色彩により作者の世界観が明確に打ち出され、観る人に新たな発見を与えてくれます。具象と抽象の相まった表現は、古来から受け継がれてきた伝統的技法と、これからの日本画の展望を期待させる作品として心に残りました。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「めざめ」
中 明子(なかあきこ)
少女がめざめていく世界への思いと祈りの気持ちを一つの画面に組み合わせ、心の世界の広がりを瑞々しく表現していると思います。
胡粉と粒子の細かな絵の具を薄く塗り重ね、繊細な線で柔らかく表現された人物が色々な花々に囲まれ、可愛い小鳥も居る画面からは、少女への優しい深い愛情が感じられます。
■第70回記念賞
「rest」
小森正子(こもりまさこ)
部屋の一隅に腰かけた青年の、音楽活動の合い間のひと時でしょうか。直線的な部屋の構成と人物の組み合わせにリズムがあり、都会的な無彩色の空間に対し、国旗やボールなどの一部には彩色が施され、画面を引きしめています。岩絵具の特性が活かされ、着衣の柄も印象的で、観る者の心に響きます。これからの成熟が大いに期待され、70回記念展にふさわしい心に残る作品です。
■埼玉県美術家協会賞
「風をまとう」
安藤美子(あんどうよしこ)
この作品の作者はシャツを着たときに、ふわりと風も一緒にまとったような気持ちになったのでしょう。その思いを精緻な筆運びにこだわらず、勢いにまかせてさわやかに思いのままに描いています。タイトルも素敵です。
ただ、紙の張り方が甘いと画面にヒビが入ることもありますので、注意が必要です。
■埼玉県美術家協会賞
「春と錆」
池田倫佳(いけだみちか)
壊れそうな、はかない夢や希望が、自転車の前カゴに詰まった花びらに例えられているように感じます。
それらを自分の力でしっかりと掴み取りたいという前向きな意思を、描かれた人物の力強い手や表現に強く感じとれる作品です。
真正面から構図をとらえた、迫力のある作品となりました。
■時事通信社賞
「静寂」
植木祥雄(うえきゆきお)
緑の池の周りに生い茂る木々と、池に浮かぶ落ち葉が画面に重厚感を与えています。
点描によって木々にも水面にも揺らぎを感じます。
石橋の重みも感じられ、全体に深みのある作品です。点描による色彩が、テーマを表現するのにふさわしい作品になりました。
■埼玉県美術家協会会長賞
「叢」
服部麻津(はっとりまつ)
初冬の庭先でしょうか。雑草の中に猫が遊んでいます。迷い猫と思われるその姿がよく描かれています。
白く雑草を描く中で、冬の情景がよく表現できており、その処理が実に上手く描かれています。また、かすかにジュースの空き缶が描かれている点が、画面構成に大変効果的です。
■高田誠記念賞
「出現」
中谷小雪(なかやこゆき)
夏祭りの一コマ、天狗像の万燈を担ぐ人、祭りに参加にしているたくさんの人々、祭りのにぎやかさがよく表現されています。色を抑えているのも、多くの色を使うより祭りらしさが出ています。天狗像の万燈の飾りも整理されています。大勢の人々の熱気が感じられます。
第2部「洋画」
審査主任 大木英穂(おおきひでほ)
新型コロナウィルスの影響により2年間の延期を挟み、出品者の動向を心配しながら迎えた第70回記念展でしたが、洋画部においては、69回展との比較では会員の出品者が若干減ったものの、一般出品者は若干増えて、合計1,164点と多くの出品がありました。
審査は11人の審査員により投票を繰り返し、526点の入選受賞作品を決定しました。特に感じられましたのは、一生懸命描かれているのはわかるのですが、入選までもう一歩の作品が多くみられた点です。是非県展の会場へいらして勉強されますことをお勧めいたします。
また、これからの県展を牽引するであろう委嘱出品者からも元気のある力作を期待したいと思います。
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「何をみつめて」
渡辺浩子(わらなべひろこ)
淡い暖色(ジョンブリアン)が同じ淡い緑系の画面の中に取り入れられています。母娘と思われる二人の視線の先は、一見同じように感じられますが、よく見ると若干のずれがあるようにも見えます。同じ屋根の下に暮らしながらも、「人は一体何を考えているのであろうか?」という、そんなモヤモヤした気持ちのようなものも画面に漂う、ある意味で哲学的内容も含まれている作品に仕上がっています。画面全体もしっかりと構成された秀作です。
■埼玉県議会議長賞
「燕4号」
棚澤寛(たなざわひろし)
春一番、初めて見た燕に喜び空を舞う少女、眼下に広がる赤城連山を背にした市街地を思わせる街並み。フォトリアリズムの表現を駆使し、上空から見える街並みを正確にとらえ、臨場感溢れる力作となっています。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「集積回路」
亀井広明(かめいひろあき)
この作品を一目見れば、一目瞭然“IC”そのものです。
しかし作者の意図するところはもっと深いところにあるように思えます。宇宙の光と影、膨張と縮小。遠くない未来の予兆を感じさせる策略が見え隠れしているような気がします。一つの方向にひたすら歩んできた秀作です。
■第70回記念賞
「廃工場の片隅で」
生田繁夫(いくたしげお)
第70回記念賞に相応しい作品です。色調はブラウン系でまとめられた表現になっています。見過ごしてしまいそうな廃工場の片隅、いずれ朽ち果てるだろう現在を見事に描ききったベテランの技が際立った秀作です。
■埼玉県美術家協会賞
「龍」
齊藤光希(さいとうこうき)
背景はキッパリと白で、龍と鹿威しや稲などの古典的なモチーフが散りばめられ、直線的に切り取られ、切り絵のように再構成したような大胆さに面白さを感じます。
デザイン性の高い構成と色彩が魅力的で、強い意志も感じられ、その完成度からも楽しんで制作したことが想像できます。
高校生と聞き、まだまだ可能性のあるその新鮮な感性を、今後ますます生かしてゆくことを期待します。
■埼玉県美術家協会賞
「トロイメライ」
光信幸恵(みつのぶゆきえ)
題名のトロイメライとは夢・夢想という意味があります。ほぼ正方形に黄昏を想起させるような空と色彩対比が美しい海の青、紫、そして引き締める黄色。
対岸の街の灯りが現実性を、そして距離を感じさせます。
沈みゆく陽か月の代わりに大胆な大きさの花弁。その花のために供えたようなワインやパインなどの供え物。それらは作者の夢想なのでしょうか。思わず引き込まれる感性の世界です。
■埼玉県美術家協会賞
「ふるさとの山路」
野澤登美子(のざわとみこ)
下の約2/3の正方形大部分が地面で構成されています。登りの坂道はやがて見えなくなり空が明るくひらけています。
昔から美術や文学などでも、道は人生の苦楽やプロジェクトの行く手などの比喩とされてきました。この作品は構成的にも、抑えられた色彩的にも、土に従属され、この土の道、土の上の轍、表面にある大小の高低差などが何らかの意味を感じさせるものとなっているようです。描写力がそれらを支えています。
■埼玉県美術家協会賞
「しあわせの春」
岡 愛子(おかあいこ)
美しく整えられた恐らくご自宅のダイニング、窓外の庭、早春の朝のすがすがしさと雅をも感じさせる清潔感いっぱいの美しい作品は、作者のタイトルそのものを表しています。
■さいたま市長賞
「水辺」
加藤修(かとうおさむ)
水辺の風景、とても魅力的な作品です。
葦の新芽と倒木、モチーフ選びも良いと思います。倒木に木漏れ日があたり、水に映る木々が美しい。水面の照り返しと倒木に映る柔らかな光の表現、新芽が出て水が温む表現、澄みきった空気さえも感じさせる作品です。観察力とデッサン力で作者の思いがにじみ出ています。
■さいたま市議会議長賞
「気まぐれな昼下がり」
戸塚楓子(とつかふうこ)
作品を一見しただけで、作者の力量が感じられました。具象的なモチーフを上手く抽象化しており、凝ったマチエールにも工夫が見られます。白・黒・黄を基調とした色のハーモニーも音楽的で、題名の「気まぐれな昼下がり」に相応しい、明るく楽しい雰囲気の創造に成功しています。しっかりした構成力に裏付けられた、作者の感性が光る魅力的な作品です。
■さいたま市教育委員会教育長賞
「復活相談中」
吉川具明(よしかわともあき)
赤、黄、緑といったフィルターを通して世界を見た時、そこには従来とは全く違った映像美が出現します。絵画の本質は自己の視覚(フィルター)を通して、既知の筈の世界構造を新たな秩序構築へと転換し、色と形に定着させる事ですが、吉川さんの作品はまさしく絵画表現の本質に寄り添ったもののように思えます。さて、作者の狙いが今後どのように展開し、新たな美を私たちに見せてくれるのか、大いに楽しみなことではあります。
■FM NACK5賞
「懐かしむⅡ」
舘田恵子(たちだけいこ)
確かなデッサン力と統一された色調の品格ある作品です。昔が偲ばれるような撫子柄の紺の浴衣に赤い帯のコントラストが美しい。
自画像と思われる穏やかな女性の表情に凛とした作者の姿勢が感じとれます。これからの画業に期待いたします。
■朝日新聞社賞
「朝」
鈴木精一(すずきせいいち)
親牛のオッパイをたっぷりと飲んだ子牛が、きょとんとした目をして作者を見つめています。ここでは、安全で穏やかなひと時が流れています。
画面からは温かい、愛情深い目が子牛に注がれているのが感じられます。作者は同じモチーフをストレートに、同じ色調で自然描写して描いていますが、不思議な魅力ある作品となっています。一環してこの牛をテーマに追求しているからでしょう。
■NHKさいたま放送局賞
「たんぽぽの綿毛と」
筒井敏子(つついとしこ)
モデルの少女を取り囲む、春の清々しい風を感じ、また色彩も非常に穏やかな品格を感じる見事な作品です。非常に高いレベルの中での受賞ですが、今後の活躍が楽しみな作家のひとりです。
■共同通信社賞
「ねぶた祭跳ねる」
白石広子(しらいしひろこ)
祭の華やいだ時間のある一瞬を切り取り、水・水彩絵具・紙の組み合わせの妙を最大限に生かして見せた佳作です。お祭りの衣装に着飾った二人の少女の佇まいはこよなく美しく、あたかも今、眼前に展開しているような臨場感を醸し出しています。何よりこの作者は水を操ることに長けた、信じられない程の技量の持ち主であり、この絵肌の美しさに魅了されます。お祭り衣装と足もとのシューズとの組み合わせには、作者の意図が見え隠れします。
■埼玉新聞社賞
「小春日和」
山本環(やまもとたまき)
実際にモデルを見て描いている様子が見られ、モデルの人柄まで描き込んでいるような作品です。表情も自然で、色も濁らず深みのある重ね具合で暖かな感じの水彩画です。
カーテン、ソファー、クッションのピンクも抑え気味で人物を引き立てる色の統一感があり、構図も顔から腰、手へと視線を誘導し量感を感じさせる好作品です。
■産経新聞賞
「転生」
大海順子(おおうみじゅんこ)
鋸の独特なモチーフを中心に卓越とした構成力を駆使しながら、空間性豊かな画面を実現しています。柔らかなグレッシュトーンの中に、強烈で印象的な有彩色を効果的に配することによって生じる緊張感と、鑑賞者の凝視を誘う上手さを感じる作品となっています。錆色の形態を象徴的に配するとともに、控えめに使用するコラージュが独特なスマートさを現出していると思います。作家の研ぎ澄まされたセンスが横溢する秀作です。
■埼玉県美術家協会会長賞
「透明な記憶」
山本智之(やまもとともゆき)
落書きと思われる壁の前に立つ一人の少女、黄色と青に塗り分けられ、ところどころ割れたガラス窓のある電車、遠くにはぼんやりと灯る街灯。その下に飛び出し注意の意味であろう看板。見た人に幼き時の出来事を懐古させ、遠い記憶の中に引き戻してくれる心あたたまる不思議な秀作です。
■高田誠記念賞
「山間の湖」
石井百合子(いしいゆりこ)
静かに深く透き通る水面に水中から跳びあがり、ホバーリングしている清流の宝石ともいわれる1羽のかわせみ。白く泡立つ波、早朝の湖面に見られた直前の一連の情景を連想させる心やわらぐ作品と思われます。
第3部「彫刻」
審査主任 齋藤由加(さいとうゆか)
ようやくの開催となったこの第70回記念展。長い空白期間を越えて果たして彫刻作品が集まるのかという私の心配は、良い意味で大きく裏切られました。一般、会員からの応募数は前回を大きく上回り、内容も完成度の高い力作、意欲作が目立ちました。
その結果審査は例年にない厳しさとなりました。展示スペースも縮小したため総展示数を増やす訳にもいかず、多くの良作が惜しくも落選となりました。またその中には技術的には素晴らしい所があるものの、道具としての用途があったり、小さすぎたり、表現手法が工芸的になり過ぎていた為に外さざるを得なかった作品があったことも残念でした。今後彫刻部の規格制限の内容を見直していく必要を強く感じます。
素材も表現も多様化する中、特にそれらを巧みに使いこなし、伸び伸びと個性的に表現した作品を選び受賞作としました。参加された全ての方にご覧いただき、また来年の制作への情熱に繋げて頂きたいと願います。
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「永劫」
本田史弥(ほんだふみや)
テラコッタでありながら、等身大を超える大作の女性坐像です。着実なデッサン力に支えられた人体表現は勿論、量感あるフォルムや、洗練された流れるような曲面で表現されたコスチュームが、全体にゆったりとした穏やかな空間を作り上げています。
表面の仕上げも顔の表情もすっと整い、柔らかな中にきりりとした美しさを与えており、満場一致の選考となりました。今後もより一層表現の幅を広げてゆくのではと大変に楽しみです。
■埼玉県議会議長賞
「なびくかたち」
森下聖大(もりしたまさひろ)
木彫のレリーフ的作品です。遠目に流木や木の皮を利用したのかと思い近づいてみると、木目を生かした、たゆたうような起伏が美しく、更には所々に開けられた穴によって、裏面からも丁寧に彫り攻められた薄さなのだと解ります。背景に置かれた四角いパネルも、本体とのサイズ差や色合いが絶妙で、全体に洗練されたデザインとなっています。過去にも力を感じる作品を作られていましたが、繊細さも加わり素晴らしいと思います。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「コネクティング『ボルト』」
榮 一男(さかえかずお)
本焼きしたと思われる陶素材ですが、本当に鉄で出来ているかのような色味やボルトの造形の完成度が高く、落ち着いた重量感を与えています。そこに偶然割れたのか意図的に傷をつけたのかは不明ですが、金継ぎを思わせる色を置いた場所のテクスチャが曲面に気持ちの良い緊張感を与えており、工芸から一歩彫刻の領域に踏み込んで来たのだと感じさせる作品になっています。
■第70回記念賞
「回って歩く鋳鉄」
長谷川善一(はせがわぜんいち)
鋳鉄で出来た大きな作品です。見た目通りの重量感でありながら、二本で立つ足にはちゃんと動きがあり、背中に乗った分厚い檻のような地球儀のような球体は、実際に回ります。素材の強さに負けない少しコミカルで想像力をかきたてる世界観といい、どんな世代の人が見ていても飽きない作品になっていると思います。
■埼玉県美術家協会賞
「Shoebill」
村田之保(むらたしほ)
題名のShoebillとはハシビロコウの英名です。実物よりは小さめと思われますが、少し怖い印象になりがちなこの鳥を、作者は優しげな表情のある佇まいに仕上げました。この鳥への想いを感じます。テラコッタ表面の恐らくは砥の粉と思われる色仕上げも感じが良いと評価されました。
■埼玉県美術家協会賞
「想」
後藤信夫(ごとうのぶお)
小品ではありますが、気持ちよく落ち着いた完成度の高い造形です。見るほどに味わいのある肌合いも、大胆にデフォルメされた裸婦のフォルムの中にしっかりと感じられる造形力も、一見無造作に作品が置かれたようなのみ切り肌の台座の石との素材感の対比も、巧みと唸らされました。作者の高い技量と見識がうかがえます。
■テレビ埼玉賞
「海辺の街の記憶」
増田祐司(ますだゆうじ)
木材と錆びた鉄を組み合わせた空間演出的な作品です。木材をただ幾何学的というだけでなく、建築の一部のように緻密に組み上げ、そこに潮風にさらされて腐食の進んだような様々な形状の鉄金具を組み合わせています。工夫され尽くしたそれらの配置がどの角度から俯瞰しても面白く、作者のかねてよりのこだわりの形が、ここに一つの完成を見たような気がします。
第4部「工芸」
審査主任 花輪滋實(はなわしげみ)
3年ぶりの県展となり出品数が気になっていましたが、応募総数は前回より微増で、301点の搬入がありました。内訳は、一般195点、会員106点、入選数は一般が77点、会員が72点で合計149点、入選率は49.5%になりました。大変厳しい結果となりましたが、70回記念展ということをふまえて、見ごたえのある高いレベルの県展になりました。工芸というジャンルを理解して制作された方にとっても高いハードルになったのではないかと思いますが、素材・創造性・技術の中で十分力を出せなかったものがあるとしたら、その作品は弱さを感じてしまうことになろうかと思います。総合的に作者が何を表現しようとしているのかを見る側に強くアピールしてください。
入賞された10点の作品は力強く自己表現をされていました。「継続は力なり」。これからも作品作りを続けて楽しんでください。
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「待ちぶせ」
隈井純子(くまいじゅんこ)
ハイヒールの上にちょこんと花を持って腰掛けているテールコート(燕尾服)を着たカエル。イギリスの絵本作家ヴィアトリクス・ポターの物語のような作者の世界観を感じます。この作品は鎚起技法で一枚の銅板から絞りあげたハイヒールに座ったカエルに、銅と真鍮で細工した花とリボンを持たせ、数種類の金工着色技法も駆使して、緻密に作り上げられた非常に完成度の高いものです。「待ちぼうけ」にも見えるのは、作者のユーモアなのでしょうか。
■埼玉県議会議長賞
「五角系敷き詰め寄木文箱(ごかくけいしきつめよせきふばこ)」
水野健吉(みずのけんきち)
作品全体が変形五角形の寄木作りの文箱になっています。材料は薄茶色の神代楡で、落ち着いた感じがあります。年輪と木が持っている斑との景色がとても美しく、寄木作りの面白さを存分に表現しています。長辺の側面には組合せを変えた文様が施されており、変化があってとても面白い仕上げになっています。繊細な寄木の仕事の美しさと、作者の感性の豊かさを感じます。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「糸目達磨釜(いとめだつまかま)」
長野新(ながのあらた)
糸目の筋は穏やかに波紋が広がり、ちり緬の肌はきらきらと光の中できらめく水面を見るようです。
又鐶付の巻貝やうろこの透かし文様のつまみは達磨の造形と響き合い、より作者の想いを伝えるのに効果的です。
静寂な茶室での一服は、日常から開放され豊かな気持ちへといざなってくれる事でしょう。
■第70回記念賞
「森の詩」
瀬田幸江(せたゆきえ)
窓のような穴の中から、小鳥たちのさえずりが聞こえてきます。森の中に誘い込まれるような楽しさを感じます。作りは素朴なのですが、のびのびと制作している様子がうかがわれ、全体構成も親しみのあるものになっています。
このような大らかさを大切にして、更に豊かな経験を膨らませていってください。
■埼玉県美術家協会賞
「猫のひげ」
横山洋子(よこやまようこ)
植物の「ネコノヒゲ」をモチーフに、的確な観察力でネービーブルーの地色の中にシンプルに構成しています。刺繍糸もあえてモノトーンを中心に選定したことで、対象の特徴を生かした繊細な刺繍による気品ある佳作に仕上がっています。特に花びらやひげの技術も素晴らしいですが、葉の緻密で巧みな表現は作者の造形に対するセンスを感じさせます。今後の展開をさらに期待しています。
■埼玉県美術家協会賞
「黒釉上絵勝虫文浅鉢(こくゆううわえかちむしもんあさばち)」
浅香和美(あさかかずみ)
たっぷりと黒釉を掛け焼成した平鉢に上絵付けで装飾した作品です。四方に描かれた勝虫(トンボ)や円周の上絵付けには搔き落とし技法により、緻密な文様が施されています。上絵付けの彩色は金彩をはじめマットな仕上がりにより作品全体がシックな印象で魅力的です。この良さを更なる作品に生かして頂きたいと思います。
■埼玉県美術家協会賞
「風通織(ふうつうおり) つゆ草」
渥美セツ子(あつみせつこ)
風通織は、重ね組織の一種で表組織と裏組織の所々入れ替え、色糸の出方を変化させ、表裏に反対の色合いで同形の柄を出す織り方で二重織りともいわれます。
この作品は経糸・緯糸に染色の妙を感じさせる配色で、とりわけ表題の「つゆ草」を想わせ若草色と青の色合いが爽快さを覚えます。
風通織の特徴を巧みに生かした作者の高い感覚と技量、研究心が感じられます。
■毎日新聞社賞
「カラスがなくから」
鎌田晶(かまたひかる)
この作品は鉄の鍛金技法で作られた、頭部が赤い拡声器のカラスです。この姿からは「カラスがなくから帰ろう」と言う穏やかな夕暮れ刻を表現したようには思えません。ゴミ置き場を荒らす獣害がテーマなのでしょうか、賢い生き物と言われるカラスから人間への警告なのでしょうか。赤い拡声器のカラスからは、様々な想像ができる世界情勢でもあります。確かな造形力と発信力を持った作品という事で、毎日新聞社賞となりました。
■埼玉県美術家協会会長賞
吉見讃歌(よしみさんか)
森田恭子(もりたきょうこ)
形の作り方は、「木彫」で桐を彫って作り、顔や手は胡粉と膠(にかわ)を練り、何回も塗り重ねています。仕上げは溝をつけた胴体に糊をおき、そこに染めた布の端を詰めて貼る布木目込みになっています。
作品は、圧巻の安定感、存在感が見る人の心を魅了します。
色彩のバランスのとれた衣装裂の組み合わせ、穏やかで優雅な顔立ち、細部にわたって技法の手際良さが伺われます。卓越した技量から醸し出される魅力を十分に感じることのできる品格ある秀作です。
■高田誠記念賞
本友禅染帯(ほんゆうぜんぞめおび)「咲きこぼれる」
黒田眞理(くろだまり)
題名の「咲きこぼれる」が鑑賞者に素直に伝わってくる本友禅染による美しく色彩豊かな秀作です。桜のはなびらのみで全体を構成していますが、単調な印象や退屈な意匠にならないように、暈(ぼか)しの表現を多用しながら赤系中心の配色の中にダークグリーンを効果的に配置しています。特に技法の特徴を生かした糸目糊の技術と胡粉暈(ぼか)しの表現は素晴らしく作品全体を引き締めています。
第5部「書」
審査主任 有岡夋阝崖(ありおかしゅんがい)
第70回記念展の総出品点数は445点、公募出品点数は372点、前回展に比べ総数で67点の減、公募では61点の減でした。このところ減少傾向が続いていますが、長期に亘るコロナ感染症拡大の影響や出品者の高齢化などを考えれば、若干の寂しさはあるものの甘んじて受け止めなければならない現状と言えましょう。今後は若い世代への啓蒙、啓発などを通じ、何とか歯止めをかけることが強く望まれるところです。
一方出品作の内容においては、実力伯仲、鑑別、審査にあたっては厳正公平な審査理念に基づいて行い、その作業は三次審査、時には四次審査にも及びました。結果入選数238点(入選率64%)うち特選11点、委嘱招待から選ばれる埼玉県美術家会会長賞、高田誠記念賞の2賞を加えた13点の入賞を決定させていただきました。
一点一点の作品に込められた作者の熱意や思いを受け止めつつ、拮抗する力量の作を鑑別、審査することには大変苦慮いたしました。
入賞入選された方々、今回は残念ながら選にもれた方々、更なる研鑽を重ねられて、次回もまた県民に愛されてやまないこの県展に、力作を出品くださることを切に期待します。
※受賞作品をクリックしますと拡大画像が表示されます。
「王安石詩」
土屋千秋(つちやせんしゅう)
墨色美しく表現した三行書です。線質、墨量の変化、心地よい空間のとり方、リズミカルな筆の運びの中にある筆圧の変化、文字の大小と淡墨を生かし、品格の高い、柔らかな曲線が心に響いてくる作品です。更なる精進と飛躍を期待してやみません。
■埼玉県議会議長賞
「程本立詩」
町田武山(まちだぶざん)
明るく伸びやかな線で構成された七言律詩は、作者が長年培った書風を基調にして仕上げられた力作です。筆がよく動き緩急を自在に駆使し、温かみの中に力強さを秘め、洗練された線質には躍動感があります。県議会議長賞に輝いた堂々たる作品です。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「故郷」
鈴関春翠(すずせきしゅんすい)
調和体の魅力は、異質である漢字と仮名の組み合わせで生まれる景色の面白さであり、調和でもあります。行草の鍛錬を積んだと思われる運筆から生まれる多様な線と、墨の潤渇が創り出す立体感と効果的な余白がこの作品のゆったりとした情感を上手く表現しています。自作の詩が語る風景と書としての表現に齟齬が無く、調和体の魅力が最大限に発揮された作品といえるでしょう。
■第70回記念賞
「温庭筠詩」
秋山桂翠(あきやまけいすい)
56字を行草体で上手にまとめた作品です。特に感じることは、連綿はほとんど入っていないのに字の大小、余白を上手に生かし、伸びやかさを出しています。安定した筆法で格調高い作品です。
■さいたま市長賞
「春雨夜坐」
秋葉秀厓(あきばしゅうがい)
3行の行草体で一口に言って個性的な作品です。強い線質で連綿もリズム感があり、素晴らしい行間の余白が上手にとれているので作品が明るく、楽しさを感じる作品です。なお、この作品に墨量の潤渇等変化を出せれば一段と良い作品になると思います。
■さいたま市議会議長賞
「履春冰」
島田素貞(しまだそてい)
朱白印二顆の刻。金文での白文は曲線を生かし、金文の持つ温かみある線条を見事に捉え、印面に布字して刻してみせました。一方の朱文印は白文とは逆に直線を基調として二顆の印での響き合いに作者の意図があったのではないかと思われます。朱白両印にみられる印を刀で欠く“サビ”と呼ばれる所作も適度で安心感を抱かせてくれています。
■埼玉県美術家協会賞
「白居易詩」
西村軒而(にしむらけんう)
白居易の詩、五言律詩を隷書体で仕上げた作品で、隷書体の特徴である波磔を誇張し、力強く、全体の構成も統一感があります。一字の文字は前後左右の文字と共鳴し合い、リズム感も出しています。線質は単調にならず、伸びやかで勢いも良く、独自の隷書の世界を展開しています。
■埼玉県美術家協会賞
「けさみれば」
太田珠穂(おおたしゅすい)
連綿の線に迷いがない作品です。仮名の持つ円やかな造形と柔らかな線、縦に流れる線のキレの良さが上手く組み合わさり、手練の技を感じさせます。配置の妙が生む景色も趣があり、工夫とセンスを感じます。仮名のゆったりとした線を、作者が丁寧に、深く長い呼吸で引いており、豊かに流れる“時”をも表現している作品です。
■埼玉県美術家協会賞
「楊烔詩」
髙林春苑(たかばやししゅんえん)
五言絶句を行草体で書した作です。筆の抑揚を生かして線に立体感を持たせています。更には文字の大小の変化の組み合わせ方が絶妙で、作者の計算しつくされた理知的感性の高さがこの一紙に現出した作といえます。自然な気脈の貫通での表現はなかなか難しいものですが、ことさら潤渇変化を加えずとも何なく仕上げて見せたところに作者の手腕の高さを感じさせられます。
■NHKさいたま放送局賞
「良寛詩」
石川清風(いしかわせいふう)
良寛詩の中から七言絶句を淡墨で仕上げた三行書です。墨量を含んだ線も重くならず大胆な構成となっています。筆圧の変化、文字の大小、中心の連綿が一層作品を引き立てています。緻密な性格を伺わせる作品です。
■読売新聞社賞
「王恭詩」
高橋紫芳(たかはししほう)
王恭詩70字を3行に卒なくまとめてあり、墨色もこの作品の力強さの一端を担っています。重厚さの中にも、どこか爽やかさを感じられる動きのある佳作です。筆使いも普段の研鑽、努力が見てとれる作品になっています。今後も更なる精進を期待いたします。
■埼玉県美術家協会会長賞
「李白詩句」
横田北園(よこたほくえん)
淡墨の温雅で柔和な特質を生かし、李白詩句の叙情に満ちた詩句を一気呵成に書きあげた痛快な作品です。行の通りも良く、伸長な線で見事に書ききっています。文字の大きさや線の太細、文字群と周囲の余白との調和も申し分なく、心地よい響きを醸成して見せた優作と言えます。今後更に高みを目指し、精進を重ねてください。
■高田誠記念賞
「李道生詩」
新井幽峰(あらいゆうほう)
奇を衒うこともなく淡々としたリズムで、円を描くような独特の手法は爽快感に満ち溢れています。
永年に亘り筆を持ち続け、鍛錬を続けた者でしか築くことの出来ない境地がこの作に凝縮し、結実をみた正に高格の書と言えます。どうしても展覧会に出品するとなると気負いが表出するものですが、飄々とした清涼感を持つこの作は出色です。
第6部「写真」
審査主任 渡辺英夫(わたなべひでお)
2年越しの、待ちに待った第70回県展が開催されることになりました。この約2年という空白が作家活動に及ぼした影響か、審査対象出品数は1,002点に留まり、約300点の減にはなりましたが、その内容は豊富で、写真が持つ多様性と作者の熱意を改めて感じられました。
審査は9名で行い、投票とコメントを交えて行い入選470点を決定しましたが、紙一重で惜しくも選外になった作品も多く、大いに審査員を悩ませたことも報告させて頂きます。
今や写真は誰もが参加できる世界になりましたが、それゆえ“写った”ことに満足してその先を求めない事も否定出来ません。是非、自信が主体となった“写す作品を目指して頂きたいと思います。今回受賞された作品を見ると、レンズを向ける作者姿勢が主役となり、更に目の前の世界と自分との語り合いを厳しく見つめた結果と言えるでしょう。次回も、それを目にする事で、私たちの心まで響く多くの作品を期待しております。
※受賞作品をクリックしますと拡大画像が表示されます。
「希望を乗せて」
高木朝彦(たかぎともひこ)
漆黒の世界の彼方から、仄明るい光がこちらに向かってきます。線路と思しき輝きから、どうやら電車が近づいて来たようです。しかし、それは不確かで現実感は見られません。
過去の写真的価値観からすれば疑問だらけのこの作品が私たちの心を射抜くのは、作者の純度の高い感性からではないでしょうか。現実感を除くことで、見る者それぞれの想像に委ねる作画が秀逸です。そう、希望という名の電車の到着が間近いことを予兆します。
■埼玉県議会議長賞
「幸福の肖像」
加藤秀(かとうしゅう)
このデジタル時代でありながら、一見、無策な作品と思わせますが、それ故に、“撮る・撮られる”の関係に人の温もりの柔らかさを感じさせます。3点の配置を見れば、男女の信ずるマリア像が中央でそっと見守っているようで、作者の人となりがあってこそ、この作品が出来たことは明白です。つまり、写された対象を見れば作者の存在も同時に写る事の良き証明と言えます。技術を見せず、感じさせる方法の選択が高度と言えます。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「虹の小径」
入江一男(いりえかずお)
雨の日の朝、通学路を高い位置から撮影して、ごくまれにしか訪れない条件を見事なフレーミングで撮り止めています。色とりどりの子供達の傘の列がまるで虹のようで、まさにレインボーの小径で、先頭のランドセルが通学路を物語っています。また、車の赤と最後の列の赤い傘が効果的な条件になっていますが、常日頃の作者の観察眼が実を結んだ結果と言えます。良い被写体は、いつもすぐ身近にあることを教えてくれました。
■第70回記念賞
「気配」
立石怜(たていしれい)
見慣れた自宅周辺の夕暮れ時を狙った作品で、空き地や洋風の建物が街灯に照らされた異様な光の中、人影もないのに不気味な気配を感じたのだと思います。特に、穴の開いたタイル壁面が全体を引き締めています。いままでとは違い、コロナ禍で何処へも出られず、作者が敢えて自宅周辺を題材に「気配」を感じ取ったのは素晴らしい発想です。仕上げもイメージに合わせ、薄暗いなかにも光を感じさせる技術は他の作品を圧倒する勢いでした。
■埼玉県美術家協会賞
「凝視」
杉本純子(すぎもとじゅんこ)
猫から発せられる強い目線とホッコリと窪みに体を埋め、満足げに横たわる姿に「元気かい?」と思わず声掛けたくなりました。猫本来の習性の一面と共に、深い明暗ある画調が、一層主役を更に引き立てて効果を増しています。プリントもやや暗めに仕上げ、目の輝きを強調したことで、出合った瞬間の緊張感を盛り上げています。作品内容に沿った仕上げをすることが必要なことを明確に示してくれたといえるでしょう。
■埼玉県美術家協会賞
「春光流麗」
久保幸子(くぼゆきこ)
一枚の写真を4分割して、襖絵に見立てたことが先ず目を引きました。また、その必要性も、穏やかな積雪に沿った木立の流れる影によって納得です。安易な4分割では成立しない筈です。また、この作品を高度な作品に引き上げた要素は画面構成の評価だけではなく、目には見えない早春の息吹を感じさせるところにありました。写真は目視するものですが、一方、それぞれの人が自らの心で自由に世界を作り出せる楽しさもある好例と思います。
■埼玉県美術家協会賞
「青き向日葵」
川崎将隆(かわさきまさたか)
光と影を表現する白と黒のモノクロームの世界から生まれた写真が、今、ブルーを基調とするモノトーンの色彩の中に限りなく美しいヒマワリとなって再現されました。ゴッホの影のない太陽の化身のようなヒマワリと異なり、影のなかに現代の深い憂愁を感じ、それでも光に向かって花開こうとするヒマワリに力強い明日への希望を感じます。現代は、ともすれば派手な色彩が美しいという評価がありますが、是非、内容に沿ったカラーを見出して欲しいものです。
■埼玉県美術家協会賞
「追慕」
宮崎雅代(みやざきまさよ)
古くからある日本の行事を、丁寧なモノクロ写真で再現しています。実に客観的な視点で作成され、見る人の期待を裏切らないことも評価の一つで、僧侶の数珠・遺影・提灯・線香の煙など、目を閉じて思い馳せればすべてが蘇ってくる映像ですが、それを主観的ではなく捉えたことが、この場合は成功しました。ここでも写真における不思議が写っています。すべてに静かさが漂っていることも、これも日本の歴史ある美学と感じました。
■さいたま市教育委員会教育長賞
「遊」
黒川律子(くろかわりつこ)
子供たちが遊具で遊んでいるこの情景はよくこのアングルで撮られていますが、着いた手が目にも見え、お尻が鼻にも見えるなど想像が膨らみます。また、セピア調にしたのも効果的で、生地の色に注意がそがれることなく奇妙な光景を浮き彫りにしています。子供時代の、多感で、不安定で、やさしくて、残酷さも持ち合わせる子供の世界を、作者の特異な視点によって、既成概念ではえられない新たな子供の世界として浮きあがりました。
■テレ玉賞
「憤懣」
坂本典子(さかもとのりこ)
何時も人間の作った尺度で物事を見て判断している私たちですが、この作品を目したときの驚きと恐怖心を抱く人は、きっと素直な人間性を備えた人と思います。写真が持つ質感や尖鋭度、また、固定された瞬間の把握がこの事実を目の中を通り越し心に焼き付けます。写真の持つ魅力は様々ですが、最も魅力的な部分を見せてくれました。体毛の一本一本や、意外とやさしそうな眼差し、また、一本欠けてしまった歯など十分ご堪能ください。
■東京新聞賞
「最終電車」
青鹿洋一(あおしかよういち)
寒い雪の夜ですが、待合室のぬぐるみや、駅舎、ホーム、電車のヘッドライトの光が温もりのある灯りに見えて安堵感を覚えます。「最終電車」という画題は雪中の足跡がそれを物語っています。この作品は古典的な手法で、極めてシンプルな構成でありながら大変奥深い作品で、画面の向こうに確かなストーリーの存在を実感できるのは作者能力の賜物です。また、起承転結の分かりやすさを兼ね備えた、湿度の高い日本の情景と言えるでしょう。
■埼玉新聞社賞
「木跡」
野中結衣(のなかゆい)
家を覆うように張り付いて伸びた木を、コラージュで組み合わせることによって、一枚で見せるより長く伸びている様子が強調されています。黒を利用するとさらによかったと思いますが、気になったものをオリジナリティーある作品に仕上げたところを評価しました。タイトルの「木跡」はまさに奇跡と思えた光景だったからかと想像します。作者は高校生とのこと。素直な思いをこれからも創作活動につなげて欲しいと思いました。
■埼玉県美術家協会会長賞
「白昼夢」
中嶋幸子(なかじまさちこ)
淡い色調が人の心のある部分を物語り、現実では目に出来ない光景を、作者能力によって、新たな世界として再現させてくれました。まさに白昼夢の世界です。レンズを向けた対象も定まらず、霧の中を浮遊しているようでもあります。写真を〝対象表現〟と〝自己表現〟に大きく分けた場合、明らかに後者に当たる作品で、そこに作者感性が加わったとき、その作品を目にした鑑賞者も作者の導きによって、素直にその世界に入れることでしょう。
■高田誠記念賞
「海鳴り」
小林伸一(こばやししんいち)
大変魅力的な被写体に、更に写真の持つ力を存分に取り入れ、また、作者の撮影技術も加わり、ダイナミックな作品に仕上げました。赤い鳥居と岩礁の配置や、打ち砕かれた波しぶきと暗い空など、全て作者のすぐれた能力と経験によって選択されたものと思います。その結果、この作品を目にした鑑賞者はおそらく怒涛の響きを感じることと思いますが、その目には見えない、感じさせることの重要さを示してくれた優れた作品です。