第1部「日本画」
審査員兼運営委員 山下邦雄(やましたくにお)
出品作品の全体の印象として、色使いやモチーフの面から暗い印象の作品が多く見られたような気がします。世の中の先行きの不安さを反映でもしているのでしょうか。
一方で、応募者が減っている公募展が多い中、今年の出品数は昨年よりも13点増加し、212点となりました。入選率は、72.6%と、ほぼ昨年並みです。また、高校生などの出品が前年の7点から25点へと、大きく増えました。日本の伝統的な画材に触れる機会の増えた、創作意欲に溢れる若い世代がいることに希望が見い出せます。
こうした若者たちにはこれからも様々な機会を捉え、日本画に親しんでいただき、更なる日本画界発展の原動力になってほしいと思います。
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「狭間」
川本みつ子(かわもとみつこ)
スケッチブックに写生したサボテンや花の図などを並べて描いているうちに構成され一枚の絵が出来上がり、そして、絵の中に作者も入り込んでいる感じで新しい絵になっています。不思議ともいえる作品の作り方で構成力が感じられます。たいへん色彩のバランスもとれて美しく作者の個性が出ている作品です。
■埼玉県議会議長賞
「森の使い」
中谷小雪(なかやこゆき)
深秋、赤紫に染まった深い森の中からのそりと現れた一頭の雄鹿。その登場によって物語の始まりです。空気感もその絵の中に描かれていることで森の中の静寂が表現されています。背景の森のマチエールも美しく、鹿の視線に見る者も誘われる作品です。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「蔓梅擬(つるうめもどき)」
平出みずほ(ひらいでみずほ)
蔓梅擬の実の赤が、複雑で豊かな背景の上に強く輝いています。この絵は蔓、葉、実の絡み合いの美しさ、そして充実感もあります。絡みのある植物に取り組まれ、よくその魅力を引き出しました。細密に描くところと、そうでないところがはっきりとわかり、うまく面白さに繋げているところが魅力となっています。
■埼玉県美術家協会賞
「無言歌(むごんか)」
場勝玲子(ばしょうれいこ)
端正な形とモノクロームの画面の中で、花瓶に差されたチューリップのわずかな赤が絵を魅力的にしています。バックや枝、花の筆触も密度があって良いです。前面に枝花を横に配したことで安定感と広がりを出しており、部屋の一隅を思わせる作品です。
■埼玉県美術家協会賞
「秋露」
森田和彦(もりたかずひこ)
本来であれば色彩豊かであろう植物を、あえてモノクロームで表現しています。土や葉にわずかな色が見えます。ひまわりのうねる茎や葉と、むこうに見える彼岸花の形を効果的に組み合わせ、構図や形に工夫が感じられる作品です。
■共同通信社賞
「家路」
髙橋良江(たかはしよしえ)
河原に茂る枯れすすきが画面を埋めている。そして、遠くに子供が家路を急いでいる、のどかな情景です。茶色に枯れたすすきの味わい深い美しさに、深まる秋を思います。
すすきの茎や葉がとても丁寧に描かれ魅力ある作品になっています。
■埼玉県美術家協会会長賞
「旅に出る夢」
野邊ひろみ(のべひろみ)
夕暮れの中、テーブルにランプを灯して、物思いに耽る女性。闇に包まれようとしている情景の中でランプと花と人だけの明るさが効果的になっています。モノクロームの中に少ない色を配することによって、全体の美しさを出しています。夕方の寂しさの中にランプと花を配することによって温もりのある作品になりました。
■高田誠記念賞
「胡同(ふうとん)」
徳井正明(とくいまさあき)
中国の街だろうか、瓦と煉瓦の壁と木の調和が美しいです。全体的に淡い調子で質感をたくみに表現している一方で、人物が濃くなっているのもポイントとして良いです。地面が白いですが大地を感じさせます。静けさの中に不思議な魅力が感じられる作品となっています。
第2部「洋画」
審査主任 岡田忠明(おかだただあき)
埼玉県美術展覧会は、出品点数では全国トップクラスの県の展覧会です。
第66回展の洋画部門では1308点の応募があり、520点の入選、39.8%の入選率という狭き門でした。
一審、二審、三審と厳正に審査を行い、特に会員審査では全作品を「2回」審議し確認しました。一審では入選が239点、保留が353点、選外が716点。二審では353点の保留作品から、281点が入選となり、三審では、76点の賞候補作品から16点の受賞が決まりました。落選点数788点、もう一歩という作品も多数ありました。更に委嘱作品の選考では、よりレベルの高い版画を含む2作品が決まりました。
今年の傾向は写実的な作品から具象、シュール的作品、抽象作品、更に表現の幅を押し広げるような、今までにない新鮮な魅力ある作品が多く、幅広く受賞されています。伝統的な写実表現で誠実にまとめ上げた17歳、18歳の高校生2人も受賞しました。表現の幅が一層広がり多彩になり、内容豊かで、より幅の広くなった作品を鑑賞することができると思います。
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「黒南風 Ⅰ(くろはえ いち)」
関 恭子(せききょうこ)
昨年の「黒南風 Ⅱ(くろはえ に)」(黒南風(くろはえ)とは梅雨を呼ぶ黒い雲だそうです。)に続いての受賞となります。震災を意識されたテーマだと思いますが、作品の力強さと共に、希望とも思える明るさや豊かさが加わり、更に魅力的な作品となっています。枕木状の木片、コンクリート片、鳥、そして金属のボルトといった硬・軟・繊細なモチーフの組み合わせも面白く、力強く密度のある空間は深く計算された画面です。
内容的に重いものを美しい色彩でまとめ上げた作品です。
■埼玉県議会議長賞
「春を待つ」
井田善子(いだよしこ)
本作品はしっとりとしたモノクローム調で、重厚感があり作者の気迫を感じました。人物のフォルムと背景、ソファと床それぞれの配色のバランスが絶妙で、独特の格調高さを醸し出しています。
画面の中に赤やエメラルドグリーンの色片を効果的に配して、生き生きとした生気を与えています。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「椅子」
田畑明日香(たばたあすか)
毎日の生活で椅子に座っている機会が多いのでしょうか。自分の部屋の椅子をモチーフに、愛情を込めて、生活の様子が伺える画面構成になっています。新聞からの情報も画面全体に明るい色調でバランス良くまとめています。紙フーセンは作者の心の中のこだわりなのでしょうか。
■埼玉県美術家協会賞
「レモンティー」
軽込孝信(かるこめたかのぶ)
やわらかな陽射しに包まれた一部屋の情景を描いており、心地良く素直な作品です。衒(てら)わぬ平明な表現が見る人の心を和ませています。
これからも楽しく研鑽を重ね、優しくも内容の豊かな作品を生み出すよう念じています。縞目も色彩も美しいです。
■埼玉県美術家協会賞
「飛翔(サギ草)」
長谷川好衛(はせがわよしえい)
サギ草の構図はバランスをうまく掴んでいます。
花に命が感じられますが、花弁の変化に工夫が欲しかったと感じます。また、土質に明るさがあればより調和が取れたのではないかと思います。花弁の色調は明暗に一考してほしいです。
今後に期待しています。
■埼玉県美術家協会賞
「風の中メールする女性」
大野昌昭(おおのまさあき)
柔らかな陽射しの中で煙草を吸いながらメールする女性の何気ない姿が、確かなデッサン力と落ち着いた色調で表現されています。グレー調の背景の中、光を受けた女性のコートが美しく、風に舞い上がった髪の毛も女性らしさとその場の雰囲気を感じさせる素晴らしい作品だと思いました。
■埼玉県美術家協会賞
「TOMORROW-Y4」
工藤信芳(くどうのぶよし)
この作品は「TOMORROW-Y4」と題名が記すとおり、明日に向かって植物の芽生えをイメージしたものか、10cm角程のタイル状の形の上に新芽のパターンが画面全体を埋めています。色調も統一感があり、とても好感の持てる作品です。単純な造形の繰り返しは時に強さを感じさせます。これから、どう展開していくのか楽しみな作家です。
■さいたま市長賞
「私を覆っているもの」
渡辺房子(わたなべふさこ)
この作品が審査室に現れた時は「オー、きれいだ」と数人から声がもれました。私もその一人です。
油彩、ミックストメディアと記してある様に絵肌は透明、不透明の層に釘状のものでキズをつけて味を出し、その上に蜜ろうで画面を覆い層を造りモダンな作品に仕上っています。果たして、作家を覆っている「もの」は?
■さいたま市議会議長賞
「配管2016 SP」
山田邦興(やまだくにおき)
日々の生活で見慣れているガス管をモチーフとしていますが、今回はより確かな安定した表現となっています。
モノクロームの色調でその効果を高め、作者の生活観が感じられるまでに確かな作品にまとめられています。
■さいたま市教育委員会教育長賞
「昆布番屋の岬(伏古(ふしこ))」
堤 利夫(つつみとしお)
荒ぶる風と凍てつく雪に閉ざされた北国の岬、ひなびた番屋群 …。いとおしさと励ましを心に秘めて描き上げた傑作です。あらがえぬ自然に立ち向かい、丹念に取材を重ね、深い色を力強く塗り重ねた美しさをいかんなく発揮して、敬意をも感じます。
極寒の自然にひたっての作画は力強く心に残ります。
■埼玉新聞社賞
「閑寂」
江尻百花(えじりももか)
基本に忠実な静物画です。形と色、平面と奥行き、量感と質感、明暗と中間調子等、静物画の基本的な課題である様々な「つり合い」を、静かなる構成美として一つにまとめ上げた秀作です。受賞決定後、高校生の作品と知りましたが、大人以上に大人びた、冷静な観察眼と構築力に基づいた静物画です。若い時にこうした基本的な油彩画造形を追求し学ぶことは、とても良いことです。これからも末永く絵画を探求し続けて欲しいと思いました。
■産経新聞社賞
「彼方」
渡邊涼太(わたなべりょうた)
余計なものをそぎ落としたシンプルで力強い構図が目を引きました。シンプルですが単調では無く、描かれた要素全てを使って画面の流れを作っているのも良いと思います。
確かな観察とデッサン力に裏付けられた描写で、見ごたえのある作品になっています。特に陰の色が綺麗なのがとても良いと思いました。
モデルをただ写し取っているのではなく、モデルの内面をも描くような高い精神性を感じます。作者は高校生、今後の成長が楽しみです。
■日本経済新聞社賞
「悠久の祈り」
永江咲紀子(ながえさきこ)
とても日本的な油彩画です。お仏像を主題とした出品作も多くありました。その中でも本作品は、一見朦朧たる画面ではあるものの、油絵具の重厚なマチエールの中に光と空気の振動を宿しつつ、題名の通り「悠久の祈り」の心情が、仏さまの面影と佇まいと溶け合いながら浮かび上がってくる感じがします。受賞選考の審査中、多様な作風の中で、本作品は暖かく輝いていました。
■毎日新聞社賞
「森の奏」
青山久子(あおやまひさこ)
色のバランスがとても良い作品だと思います。森の中に時々ヘラクレス的人物が現れ、この絵全体を締める役割をしているように見えます。四角の中の絵一つ一つを見ていると楽しくもあり、見ている側も夢がふくらみます。淡いトーンと締める色の割合、細かく刻んだ四角の中の植物達、それらが一つにまとまると、とても新鮮に見えてきます。とても好感のもてる作品だと思います。
■NHKさいたま放送局賞
「流水文(りゅうすいもん)」
齋藤行宏(さいとうゆきひろ)
水の流れる様子をしっかり観つめられ、水墨画を思わせるトーンでいて、複雑な抑えられた色合いの美しさを感じさせてくれます。不透明水彩により、しっかりとした色の置き方で描かれ、白と黒のバランスが良く、水の流れが実に美しく描かれている作品だと思います。
■読売新聞社賞
「サーカスは船に乗って」
神保雅春(じんぼまさはる)
ユニークで仕事のしっかりした作品です。サーカスと船という、意表を突いた組み合わせによる設定を用いて、浮遊から生じる視点の組み合わせの妙味を面白く演出しつつ、ユーモラスでシュールな世界を造り出しています。コクのある描写と色彩感覚を伴った構成も、作品世界の魅力と説得力を後押ししています。受賞選考では、完成度の高い異色な作品として、審査員の目に留まり続けました。
■埼玉県美術家協会会長賞
「春浅き」
高橋美紀子(たかはしみきこ)
横長50号サイズのキャンバスです。描こうとする美しい風景(岐阜・白川郷)の構図にキャンバスのサイズを合わせ、丁寧に描かれています。つまり描こうとするイメージが固まり、必然性のあるキャンバスの形やサイズを選んだことがわかります。色は雪景色の白、灰色がほとんどですが、適確なデッサン力により気持ちの良い画面造りができています。無彩色の色を最後まで生かし、近景の桜の花びらの白やピンクが、より清潔で、より美しい花びらに感じられます。完成度の高い秀作だと思います。
■高田誠記念賞
「静謐の精祈・光の道程16-5A」
木島隆夫(きじまたかお)
シルクスクリーンという技法による版画作品です。作者は写真を使用した製版技術を駆使し、版画という平面的になりがちな空間に、深い透明な三次元空間を造り上げています。製版、刷りといった難しい経験のいる技術を伴う表現方法ですが、見事に美しい画面に変貌させています。近くに行ってよく見ると色彩、コンポジション、不思議なモチーフの組合せ等、様々な魅力も見えてきます。
第3部「彫刻」
審査主任 寺山三佳(てらやまみか)
第66回県展彫刻部は出品数、入選数共に昨年を上回る数となりました。彫刻としての空間表現や量感、構成力や構築力表現もさることながら、意欲的、実験的な試みも見受けられる応募で、大変厳しい審査となりました。
受賞作品には抽象・具象、あるいは素材のいかんにかかわらず、その作品の発想、技術を加味し意欲的で力を感じさせる作品を選びました。
入選された方、受賞された方、今回は残念ながら落選された方も含め、次回の作品に大きな期待を寄せたいと思います。
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「雅趣(がしゅ)」
鈴木亮翔(すずきりょうか)
御影石を素材とし、直方体のコンポジションで構成された作品。
石から想像させる素材の持つ重量感を、構成された空間や表面のテクスチャで、軽やかさをも感じさせる作品となっています。素材の良さや面白さを研究しようとしている試みも評価しました。
■埼玉県議会議長賞
「Blue Rose」
阿部昌義(あべまさよし)
憂いをおびた独特な世界観が、素材である陶のもつ冷たさと軟らかさ、シックな色使いの着色、ヨーロッパの胸像をイメージさせるポーズなど様々な要素で表現されています。作者の長い制作経験を感じさせ、技法がしっかりした作品と評価しました。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「豊作を祝う」
清水啓一郎(しみずけいいちろう)
確かな技術に裏付けられた存在感のある作品です。リンゴと猫のフォルムのバランスや量感、台座の処理などに一体感があり好感のもてる作品となっています。リンゴと猫のありえない関係に作者の意図を感じます。
■埼玉県美術家協会賞
「母と子」
吉田忠文(よしだただぶみ)
いちょうの木の一木でつくられた意欲的な作品です。子どもを抱いた手の表情から母と子のぬくもりを感じさせています。部分部分の表現の密度が異なるため、全体的な作品としてのまとまり感が弱く、量感の表現には課題が残りますが、これからの課題として楽しみながらチャレンジしてもらいたいと思います。
■埼玉県美術家協会賞
「睨面子(にらめっこ)」
藤森美帆(ふじもりみほ)
昔の妖怪を思わせる人物を主人公とした物語性を感じる作品となっています。作品を構成する江戸風小物も丁寧に作られています。鏡に何を映し出したかったのか、誰と睨めっこしているのか、鑑賞する側の想像を膨らませる楽しい作品となっている点を評価しました。作品作りのうまさは感じられるものの、説明的な表現が彫刻としての存在感の面白さを少し軽減させていると思います。構想の具現化の詰めを課題として制作を続けてもらいたいと思います。
■テレビ埼玉賞
「刹那」
森下聖大(もりしたまさひろ)
大きな頭像をダイナミックに彫りこんだ朴とつな作品。とにかく大きくて、木割れもものともしない作風に若さを感じました。頭部と鉄台とのつながりに課題が残ると思いますが、次回作が楽しみです。
■埼玉県美術家協会会長賞
「『ホッ』!」
磯 廣子(いそひろこ)
乾漆のもつ素朴な肌合いが、ポーズ、フォルムとうまく調和した好感の持てる作品です。特に塊感のある上半身と座って伸ばした足のフォルムが古代エジプト彫刻のもつ力強さをも連想させます。数年、作者が取組んでいる乾漆を用いた制作スタイルが確立されたように思います。
■高田誠記念賞
「薫風のとき(くんぷうのとき)」
石塚郁江(いしづかいくえ)
丁寧に作り上げられた好感が持てる作品です。目を伏せ静かに佇む姿に精神性を感じさせる秀作となっています。立像人体のもつ強さを研究することでさらに存在感を増す作品となるように思われます。これからも充実した制作を期待したいと思います。
第4部「工芸」
審査主任 花輪滋實(はなわしげみ)
第66回展の工芸は一般・会員の出品は297点で入選数は176点、入選率は59.3%とおおむね昨年並でした。今回、立体作品として安定感に欠けた作品が多かったように思います。特に陶芸部門の壷やオブジェの底が小さいものが目立って、不安定に感じ、美的バランスも崩れている要因になっていると思います。
また、組み物について全部門で言えることですが、組ませる意味を明確にしてもらいたいです。1点では寂しいとか弱いとかで組ませても、本意がずれてしまうと思いますので、作る段階での意志を大切にしてください。
近年、若い人が新鮮な初々しい風を吹き込んでくれています。金工では高校生が素敵な作品を出してくれています。ベテランの人達には失敗を恐れずに勇気をもって新たな作品に取り組んでもらえればと思っています。
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「静寂の光」
濱田登代子(はまだとよこ)
県知事賞に輝いたこの作品は主に七宝技法を用いた壁面作品です。大画面の中に夏の夜を表現し、大木の周りを飛び交う蛍の群れを描いています。夜の闇を深い青色、蛍の光をオレンジ色で表わし、画面の奥行きを感じさせる構成になっています。また、作者は七宝以外にも自ら銅板を加工し、表面処理して画面に組み込む等、工芸技法に対する積極的な姿勢が伺えます。作者の深い精神性が素材、技法によって良く具現化された秀作です。
■埼玉県議会議長賞
「練上丸壷(ねりあげまるつぼ)『渦動』」
根本博雄(ねもとひろお)
この作品は錬込みという技法で制作されています。錬込みとは白い陶土にパーセンテージを変えた顔料を加え、それらの色違いの陶土を重ね合わせて切断し、練合わせた色違いの陶土で作品制作していくことです。今回の丸壷はリズミカルな渦巻文様で制作されており、すがすがしい好感の持てる作品となっています。錬込みはキズが出やすい技法ですが、この作品はその難題を克服し、完成された作品です。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「縦筋釜(たてすじかま)」
長野新(ながのあらた)
作者は祖父の代から続く釜師の家柄で、しっかりした技術を身に付けています。
たっぷりとしたフォルムに、すっきりとした肩の稜線が全体の形を引き締めています。縦に細やかに走る縦文様も一様では無く、時に荒々しく、時にか細く途切れながらバランスを保っています。小ぶりな環付も形態や文様の邪魔をする事無く、良い引き立て役となっています。
■埼玉県美術家協会賞
「乾漆鮫皮塗銘々皿」
大上博(おおうえひろし)
古くからある乾漆技法に異素材を組み合わせた器物です。縁づくりのさざ波のようなイメージに対し、見込みには深海の静けさを彷彿とさせ生命感をも感じさせる作風です。
研出技法による蒔絵技術も麗しく、熟知された技術と共に洗練された秀作です。これからの制作に更なる期待を寄せるものです。
■埼玉県美術家協会賞
「蘖(ひこばえ)」
木村佳奈(きむらかな)
既存の彫金鍛金作品を意識せず、自由な発想で構成された作品です。工芸素材である銅板の特質が確かなテクニックにより活かされております。若い女性である作者の感性がすべてのモチーフに表われており、とても楽しく心深く伝わってくる作品です。
若い感性で構成・制作された彫金作品の出品が増えていますが、この作品は自由で個性的な発想を競い合う、起爆剤となる作品であると思います。
■埼玉県美術家協会賞
「紆余・曲折」
村田之保(むらたしほ)
自然素材を用いた壁面の作品です。
漉きっぱなしの紙を台紙として白木の板で枠を立ちあげ、竹ひごを渡して麻糸をからめ、紙こよりで渦を作り文様として散らしたユニークな作品です。壁面ながら立体的な構成で特定の形に留まらない新鮮さを感じ、バランス良く仕上がっています。
題名から作者が作りながら心の動くままに、手を加えていったのではないでしょうか。心落ち着く素敵な作品です。
■東京新聞賞
「風水」
井上美千代(いのうえみちよ)
全体的にやわらかなフォルムで構成され、難しい形状ながら、軽やかさ・爽やかさがうまく表現されています。
色彩的な処理にも細かな工夫がみられ、色・形のバランスが良く考えられているので、「風水」というタイトル以外にも観る人に多彩なイメージを想起させてくれる優れた作品になっています。
■埼玉県美術家協会会長賞
「草木染・道屯織着物『早春の花壇』」
田所智江(たどころともえ)
草木染による糸染めに質の高い堅牢度を感じました。丁寧な糸染めの結果得られる透明感が心地良さを与えています。絵羽組み(着物の縫い目)まできっちりと計算されて治まっており、模様部分のつながり、要所に横に走る紋織りの光沢の効果など緻密に組み合わせられた力作です。それでいながら早春の光と快い微風まで覚えるような、おおらかな空気感に見る者を誘う、工芸の染織ならではの秀作です。
■高田誠記念賞
「惜春」
坂田裕紀(さかたゆき)
人形の制作は身近なモチーフのため、造形に於いてのデッサンがしっかりする事と、頭部から肩の線及び腰・足先までの型体が大切です。
この作品は人形制作における基本的な技法・技術の数々を用いており、色彩は極力抑えて清楚で美しく、しっかりとしたフォルムと緻密な構成になっています。独創的で表現力豊かな美を有する魅力あふれる秀作です。
第5部「書」
審査主任 吉澤翠亭(よしざわすいてい)
第66回展の総出品数は537点で、前回展との比較では10点の減少でした。
審査に当たっては、制作者の心を汲んで厳正に作品本位で279点の入選作を決定しました。出品作品は書体・書風・作品様式等、多岐多彩に亘り、過去には見られなかったユニークな発想による作品がありました。
審査は賞の決定まで公正・公平に六次に亘り実施し、特に入賞候補作品については釈文票をもとに誤字・脱字の有無を確認しました。その結果、12点の特選を決定しました。受賞作品からは確かな基礎を積み重ねた練度の高さを感じさせてくれました。誤字のある作品もありましたので、制作に当たっては草稿を練る段階で、自分ではわかっているつもりでも字典で確認することをお薦めします。
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「王維詩(おういし)」
平岡玲篁(ひらおかれいこう)
日頃の古典への取り組みが堅実であることを窺わせる出来栄えです。急がず落ち着いた雰囲気を醸し出しています。多字数になりますと兎角どこかでリズムが乱れるものですが、字間の余白も程良く、うまく流れを作っています。練達度の高い作品です。
■埼玉県議会議長賞
「くれなゐの」
新井文香(あらいぶんこう)
和歌と俳句のコラボレーション。初めの二行に躍動感のある和歌を配し、結びに俳句を渇筆で締めくくった作品です。二行目を右下に流して緊張感を解いている感があります。構想をしっかり整えての制作であったかと思われます。一方、料紙との相乗効果も見逃せない作品です。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「唐詩」
鈴木光苑(すずきこうえん)
重厚感のある作です。これだけの多字数にも拘わらず、点画の構成をおろそかにせず、横広の構成を限界まで攻め込んだ意気込みにはただ感嘆するのみです。集中力の漲った出来栄えともいえるでしょう。兎角落款は行書でおさめがちですが、本文と同じ表現にしたこともよかったと受け止めました。
■埼玉県美術家協会賞
「博白鵝(はくがをはくす)」
新井昭江(あらいあきえ)
方寸に白文で韓退之の「石鼓歌」の三字を布置しています。魅力的な空間処理を施して、朱白のコントラストが美しい作品となっています。刀の切れ味鋭く、力強い鮮やかさが際立ち堂々たる風格を感じさせます。側款も堅実で群を抜く出来栄えで、作者の豊富な経験と力量の高さが溢れています。
■埼玉県美術家協会賞
「馬臻詩(ばしんし)」
佐川花蹊(さがわかけい)
七言絶句を淡墨で表現した三行書。一貫して気迫が漲っています。それでいて無理がなく仕上げた快作です。線条・墨量の変化・行間の取り方など制作に欠かせない要点をよく心得ています。墨量を含んだ線も重くならず切れ味よく運筆しています。紙との相性が良かったのか墨色が生きています。大小・細太の変化などによる余白の生かし方も見事です。
■埼玉県美術家協会賞
「王直詩」
山岸秋珂(やまぎししゅうか)
一見隷書に見えますが、そのなかに楷書風の姿を採りいれたところに妙味を感じます。字間がすっきり構成され、日頃から書に対して真面目に取りくんだ作品です。作品は丁寧な筆遣いで安定感があり、配字よく構成も見事です。
作品全体の感じは、伸びやかな線が爽やかで、筆捌きがうまく、開閉も自在です。今後は自分の「型」の形成を確立して下さい。
■さいたま市長賞
「杜審言詩(としんげんし)」
水野澄篁(みずのちょうこう)
楷書の風を含んだ隷書で、濃墨で切れ味抜群な作品です。字間も整っていて、性格が表れており、骨格がしっかりした用筆で安定感があります。無駄のない動きで好感がもてます。素直で重厚味のある線が魅力で、全体を引き締めています。真面目な書きぶりで完成度の高い作品に仕上がりました。
■さいたま市議会議長賞
「動」
石井孝翠(いしいこうすい)
少字数作品は、戦後手島右卿や松井如流により大きく発展した分野です。それまで多字数が主流の伝統書に対して一字から数字という少ない字数で、しかも絵画やグラフィックデザインの要素まで取り入れた新感覚の分野です。ともすれば見せんかなという気持ちが前面に出過ぎ易いのですが、この作は、線にこだわり過ぎず、無理をしないで、至極真っ当に書いています。潤・渇と余白の対比が観る人の心を捉えて離さないでしょう。
■埼玉新聞社賞
「あしひきの」
菅谷志水(すがやしすい)
万葉歌二首を縦書きにした作品です。四行書きですが、すっきりとした余白のとり方、中央部分に墨を集め盛り上げて、潤・渇と文字の大小による流動美により、美しさを引き立たせています。万葉時代のめぐり来る季節の歓び、雄大な自然への畏敬の念を余す所なく表現し、大地から湧き上がるようなエネルギー溢れた心打つ作品となっています。
■時事通信社賞
「于謙詩(うけんし)」
柳田桂鶴(やなぎたけいかく)
最年少の受賞者。北魏の楷書をベースにしたものか、楷書作品の少ない中で、際立った存在です。日頃の練磨が実を結んだものかと受け止めています。筆がよく立っており、線が強く研ぎ澄まされた厳しい筆致で表現された秀作。字間・行間をうまく取り、首尾一貫した静かな流れを見せています。よくもここまで集中することができたものかと感心するところです。
■埼玉県美術家協会会長賞
「花すすき」
吉田敦美(よしだあつみ)
まずは永年に亘って積み上げてきた練度の高さに感服します。
墨色と料紙の調和が見事です。そして、古筆の匂いを表に出さず、気負わずに表現したところに高い評価を得たものと考えます。作品構成はあたかも一幅の絵を見るような、またクラシック音楽を耳にするようなリズム感を覚えます。静かな滑り出しに始まり、いよいよクライマックスに到達し、やがて終末を迎えるといった具合に。
■高田誠記念賞
「歐陽脩詩(おうようしゅうし)」
眞々田壽扇(ままだじゅせん)
細字ながら気の緩むところがなく、緊張感の高い作品です。温かみのある線が心を和ませてくれるようです。ゆったりとしたリズムで運筆しているのかと窺えます。字間、行間の捉え方がそう見せているのかとも思えます。この姿勢に留まることなく自分の方向性をしっかり見つめて更なる精進を期待するところです。
第6部「写真」
審査主任 宝力美和(ほうりきみわ)
今年の応募は昨年を30点上回り1,324点で入選作品は455点、34.4%の入選率となりました。
9人の審査員で公正に審査を行い、入賞候補作品については意見を出し合い、14点の入賞作品を決定致しました。連続受賞の方も3人おり、その実力の高さを示していたと思います。
写真はデジタルカメラ技術の向上で簡単に美しく撮れるようにはなりましたが、どこかで見たことのあるような写真ではなく、オリジナリティのある作品を期待します。そして、デジタルの弊害となるやりすぎた作業で画面を壊すことのないように気をつけてください。シャッターを押した時のイメージを大切に。
また、今年もパネルから写真がずれるという不備が少なからず見られました。パネル全体が作品ですので、写真をパネルにしっかり貼るようにしてください。
残念ながら規格外のため受付できなかった作品も複数ありましたが、要項をよく読んで、ぜひ来年応募してください。心のこもった作品をお待ちしています。
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「惜秋」
田中高子(たなかたかこ)
季節を取り上げたオーソドックスなテーマを新しいセンスで切り取り、4枚の場面で表現しています。
横長の画面構成が和の雰囲気に効果的です。光をうまく捉え、木々の姿を美しく見せて、最後の秋を惜しむ気持ちをしっかり伝えているところに、作者のものを見る姿勢が感じられます。
■埼玉県議会議長賞
「赤の空間」
小林伸一(こばやししんいち)
目を引く赤と黄色の配色と人物のシルエットが印象的な画面を作り出しています。この赤い空間にどのような思いが込められているのだろうかと、様々な想像が沸き起こります。
幻想的でもあり異様でもあり、面白くドラマチックな空間を演出することができました。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「暮れゆく水辺」
山本孝一(やまもとこういち)
とても雰囲気のある作品です。静かな水辺の様子をモチーフを変え、美しくしっかり捉え、3枚にまとめていますが、目に映るもの以上に何かがあるように感じられました。
「暮れゆく水辺」と題していますが、暮れてまた、新しい世界が生まれていくようです。
■埼玉県美術家協会賞
「望郷」
斉藤榮一(さいとうえいいち)
無駄の無いシンプルな画面によりゴリラの心の動きをうまく切り取っています。それぞれの目線に意味をもたせ、中央の写真は格子の柵を入れることにより、自由でないもどかしさが伝わってきます。
表現しようとした作者の優しい目線が光っていると感じました。
■埼玉県美術家協会賞
「廃憶」
齋藤英雄(さいとうひでお)
今日の生活の中で物を大切にするという風潮が失われつつあります。
捨てられたものに込められた思いを拾うと共に、現代社会への警鐘を鳴らしているかのようにも感じる作品です。撮影・仕上げ共に、とても丁寧に行っていて、優れた技術力があると思いました。
■埼玉県美術家協会賞
「彼方へ」
佐藤博子(さとうひろこ)
彼方へ … 広大な空間の中を走るトラックは、どこへ向かって行くのでしょうか。色調の違う3枚を組み合わせ、非現実を思わせる世界を作り出しています。特に真ん中の写真に魅かれました。
見知らぬ世界へ連れて行ってくれるようです。
■埼玉県美術家協会賞
「満員御礼」
栁 光雄(やなぎみつお)
フクロウの兄弟たちでしょうか、まさに「満員御礼」の並んだ瞬間をカメラに収めることができました。1羽だけこちらにお尻を向けているのも面白い。二股の木やバックのグリーンも兄弟たちを引き立てています。
柔らかい光の中の幸せを感じさせる作品です。
■さいたま市長賞
「冬が始まる」
吉田信正(よしだのぶまさ)
雪が降り始め、これから厳しい季節が来るのでしょうが、そんな厳しさを忘れさせてくれるような、ほっこりした優しい風合いを感じる作品です。真っ白に色が消えていく前の時を、身近な風景の中に納めました。
そのグラデーションを静かに楽しみたいと思います。
■さいたま市教育委員会教育長賞
「春の宵」
新井房子(あらいふさこ)
星空を入れて桜を撮るには、晴天の夜で無風、振動がないなどの条件が必要です。作者は、山里の水際の残雪の中に立つ幻想的な桜を、周辺の背景をも撮り込み、ものの見事に表現しています。
高い技術力と写真への情熱がすばらしい作品となりました。
■FM NACK5賞
「きざまれた刻」
治部節子(はるべせつこ)
古い時計の文字盤とそばに置かれた若い女性の顔写真、新旧の組み合わせが人生の物語を作っているようです。人は今まで歩んで来た人生と、これから進む人生がありますが、何があっても時は静かに流れていきます。
古く汚れた文字盤の上にも、誰にもわからない時が刻まれていきます。
■朝日新聞社賞
「文明が、やってきた」
田沼清昭(たぬまきよあき)
写真の中央に置かれたデジタルテレビがなんとも不気味に見えてきます。全く不釣り合いなその環境をも写真はいとも簡単に現在の時間の中に記録してしまうからでしょうか。
終始ダークな色調は、時間のズレを強調して効果を上げています。
■NHKさいたま放送局賞
「最終列車」
佐々木勝男(ささきかつお)
この世とは思えない情景が描かれています。煙突からの煙や吹き出す蒸気、山の稜線と不釣り合いな大きい満月など、デジタル処理によって現実の光景を彼方の光景へと変え、この列車が彼岸へと導く列車にも見えてきました。
鑑賞者の見方でいかようにも世界が作れる要因を含んでいます。
■埼玉県美術家協会会長賞
「秋日和」
鈴木浩幸(すずきひろゆき)
すっきりした秋空の下、何気ない日常の風景を切り取り、人生の空間を表現しているようです。空に浮かんだ雲を見ていると吸い込まれていきそうな感覚になりました。
作者のものを見る目と考える力が、とても確かなものだと感じました。
■高田誠記念賞
「急ぎ足」
箕田勇(みのだいさむ)
日本では見られなくなった光景ですが、この国の平凡な生活をうまく切り取っています。モノクロにすることによって暮らしぶりや親子の関係がより印象的に表現されています。また、モノクロの調子も丁寧に仕上げられていて、写真の質を高めています。