第1部「日本画」
運営委員 亀山祐介(かめやまゆうすけ)
今年の日本画の一般、会員の出品点数は200点まであと一歩の199点と昨年よりも十数点多くなりました。そして、サイズは50号、60号と制限いっぱいの大きな作品が多く、出品者の描きたいという気持ちが感じられ好感が持てました。技術面でも、特に受賞作や賞候補にあがった作品は、岩絵の具の使い方、マチエール等に研究の跡が感じられ、見応えが有ります。ただ一つ敢えて申し上げるなら、破綻なく安心して見られる反面、驚きや鮮度があまり感じられないという面もありました。何時か何処かで観た表現方法、構図、色彩。次回は是非、観る者を圧倒する「何か」に出逢える事を期待して審査に望めたならと思います。
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「エントランス」
徳井正明(とくいまさあき)
博物館のエントランスでしょうか。重量感のある洋館の入り口に立つ一人の人物を俯瞰した構図で描いています。外光が温かく差し込み、時はゆっくりと流れているようです。色彩も穏やかで非の打ち所がない作品。欲をいえば、破綻が欲しい。私の勝手な願いです。
■埼玉県議会議長賞
「秋寂びぬ」
池田登美江(いけだとみえ)
スクエアの画面にはみ出さんばかりの銀泥の月が描かれ、その前面に朽ちかけ始めた鶏頭が倒れ掛かっています。不思議な妖気を感じる作品です。花の部分など、岩絵の具を盛り上げたうえにさらに色をのせる等して、マチエールにも苦心が感じられます。次回作が楽しみになる作品です。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「寒月」
山﨑光雄(やまざきみつお)
黒のグラデーションで描かれた作品ですが、その黒は墨だけではなく、岩絵の具も使われているようです。金泥が月と星、僅かな光の部分に使われ効果的です。見上げる構図、落葉した樹木、雲の表現など巧みで味わい深い作品になっています。
■埼玉県美術家協会賞
「午後」
青鹿未奈(あおかみな)
画面全体が温かなピンクベージュで統一され、少し開かれたカーテンから覗く窓外の部分と卓上の鉛筆、パレットの絵の具にのみ彩色が施されています。絵を描いていたのでしょうか。卓上のパレットや紙は人物とは視点が異なり、真上から俯瞰する視点となっているところもこの絵の面白さです。
■埼玉県美術家協会賞
「レター」
川本みつ子(かわもとみつこ)
優しい中間色で描かれ、女性がひとり頬杖をついて座っています。画面手前には画題の「レター」を打つ手とワープロ。二つのモチーフを繋ぐかのように、空間には花が描かれています。不思議な魅力のある作品です。
■埼玉新聞社賞
「画室にて」
長井順子(ながいよりこ)
グレーの空間に赤い服を着た上半身の女性がゆったりと描かれています。女性の背後には画室で描かれているチューリップでしょうか、花瓶にさされた花があり、絵を描く事の楽しさが感じられる作品となっています。
■埼玉県美術家協会会長賞
「明日思う日」
高橋裕子(たかはしひろこ)
金箔を押したスクエアの画面に電車の操車場が描かれ、手前にはススキが物悲しく風にそよいでいます。廃線でしょうか。黄土系の落ち着いた色合いがバックの金色ととても良く合っています。隙のない画面です。次回は、少し外した構図の正方形ではない画面も見せて頂けたらと思います。
■高田誠記念賞
「雨音」
溝上紀美(みぞかみのりみ)
白い衣装の女性が緑色の地に盛り上げた金色の模様のあるクッションを抱えソファーに佇んでいます。室内にいるはずの彼女の前面にも盛り上げた銀色の雨が描かれ、室内、室外が混然となり、はっきりとした区別なく、落葉した樹木もカーテン越しに描かれています。その自由な表現がこの作品の魅力となっていると思います。今後も、より一層自由な絵作りを続けていただけたらと思います。
第2部「洋画」
審査主任 安達時彦(あだちときひこ)
第65回展の洋画部門は、応募数が昨年より60点増加しましたので、緊張感のある中で鑑審査が始まりました。一審、二審、三審と厳正に進行し、521点の入選が決定しました。表現の幅も広がり、時代を反映した作品が比較的多くなって来たように思えます。出品作品の傾向は写生を中心とした作品が多数でしたが、写生の中に自分独自の感動が少しでも加われば、より良い作品になると思います。鑑審査が終わり、紙一重の差で入選からもれた作品も多く、誠に残念な思いです。
一般の受賞候補作品については独自の狙いが明確で、表現もバラエティーに富み、十分に描き込まれた作品が多く、レベルの高さを感じました。特筆すべきことに、そのなかで2名の高校生の作品が受賞したことは誠に喜ばしいことです。しかし、一方で委嘱出品の作品にはやや物足りなさを感じました。
洋画部門においては、例年入選率40パーセント前後という厳しい状況が続いていますが、県民の祭典ともいえる県展として十分に見応えのあるものとなったのではないでしょうか。
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「刻の輝き」
新井友江(あらいともえ)
木箱の台に置かれた瓶やガラス器と、壁に掛けられた秤の器具。それだけのシンプルな空間にバックの重厚な壁が画面を引き締めています。モチーフや色彩を抑えていますが、優れた描写力と表現力で空間に緊張感を持たせ、より対象に注視させています。画面の中にある、作者の深い思いが鑑賞者に訴えかけてきます。
■埼玉県議会議長賞
「黒南風 Ⅱ」
関 恭子(せききょうこ)
この作品にはエネルギッシュな生命力と、孤独感をも感じます。画面中央にある木造船の一部であろう朽ちた破片が天に向かい立っています。ボルトが刺さり、ペンキが剥げ落ち、長い年月の中で動じない力強さがあります。希望、不安、挫折と期待。黒い雲は明日の何を運んでくるのでしょうか。
題名の「黒南風(くろはえ)」とは、入梅前の黒い雲を呼ぶ風を指すそうです。この力強い作品は、モノトーンの色調の中でブルーが美しくバランスを保っています。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「ひかりさす」
根岸亮子(ねぎしりょうこ)
個々の静物を丁寧な描写で愛情を持って、慈しみながら描いている作者の気持ちが見る人に良く伝わってくる作品です。
主役である人形を中心に、ガラス器や花や布などが自然なものの配置で美しい流れを作り出し、画面構成にも力量を感じます。
また、確かな描写力に加え、画面全体を包む温かな色彩に青色の人形や僅かにある緑が効果的に美しいハーモニーを奏で、色彩的にも大変魅力のある秀作です。
■埼玉県美術家協会賞
「宙(ちゅう)・TOMORROW」
伊藤清治(いとうせいじ)
画面全体の構図として、鳥や蝶などが左上に吸い込まれるようにランダムに配置され、見る人の視線を上方に誘うようになっています。画面構成の拘りを強く感じます。
また、黒の背景の上にプリンティングやステンシル的形式で刷り込んだ鳥や、蝶などの明るい色調が楽しい雰囲気を醸し出しています。背景や鳥、蝶などの刷りの技法を研鑽することで、さらに深みのある表現へとつなげられるのではないでしょうか。
■埼玉県美術家協会賞
「風輪」
吉村俊(よしむらとし)
数個の物体を交差した対角線上に配置した、大胆な構図の作品になっています。そして、物体のざらざら感とつるつる感、模型飛行機の大と小、物体の角度の違いなど、計算された意図的な対比が緊張感のある作品になっています。
また、苔むした岩壁と思われる背景に、物体が浮遊する超現実的な表現が凝視する人を不思議な感覚に誘い込むようです。壁面に物体の影を表すことで、更なる空間を表出させる可能性もあると思います。
■埼玉県美術家協会賞
「五月の光の中で」
岡部紀子(おかべのりこ)
初夏の光の中で、そっとポーズをとって座る女性は何を見ているのでしょうか。
構成もよく、確かなデッサン力と豊かな色彩感覚でまとめ上げた水彩作品です。また、どっしりとした椅子に掛けられた布の色調と模様は、若い女性の姿を一段と引き立てています。リズミカルな力強いタッチがとても魅力的です。ただ、女性の瞳の色が少々気になるところです。
■埼玉県美術家協会賞
「明日が在る」
戸塚楓子(とつかふうこ)
五月の風が吹いているような爽やかな色調が印象的な作品です。
静物を抽象化し、点や線や色面、マチエール等が注意深く構成されている一方で、音楽を聴いているような楽しく自由でオシャレな雰囲気が漂っています。作品から人柄を感じさせるような独特な作品に仕上がっており秀逸です。
■さいたま市長賞
「光陰」
川上君子(かわかみきみこ)
左の光を元に描いた人物像に足を止める。顔の表情の良さ、筆のタッチで衣服のシワやボリューム感を上手に描いたこと等、色調の組合せも快くマッチしています。全体的に立体感を十分に描き出している作品と言えます。
■さいたま市議会議長賞
「映」
谷本正幸(たにもとまさゆき)
水面に映った風景の一部だけを切り取るという発想と視点がユニークな作品です。大胆に単純化した構図で抽象的に表現しているにも関わらず、リアリティが感じられます。
アクリル絵の具を使い、グレー調の色彩でまとめ、水面の情景を効果的にデザイン化したことで、形と色がリズミカルなハーモニーを奏でていて、心地よい作品です。
■さいたま市教育委員会教育長賞
「椅子」
田畑明日香(たばたあすか)
モノクロームの画面に色彩のある椅子とコマの対比で画面を作っており、何か意思的なものを感じました。バックの新聞、白い布を被せた椅子、そして主題の椅子とコマという構成ですが、見た瞬間、画面に惹き付けられると同時に不安な感じもする不思議な絵だと思いました。これは白い布の表現にあるのではないかと思います。
ここだけ白が単調なのです。これはシルバーとジンクの使い分けとオイルコンディションで表現の幅が広がると共に密度感も増すのではないかと思います。
■産経新聞社賞
「静かな刻」
村田恵子(むらたけいこ)
側面が取れた古い木箱の上に、ほおずきと花瓶。至ってシンプルな作品ですが、身近にあるものを上手に構成したところに好感が持てます。巻き付けられた縄が効果的です。
構図、描写力、色調等大変優れていると思います。ただ、ほおずきの色が少し鈍いように見えるのが少し気になるところです。静けさが漂っているようで、落ち着いて安心して見られる作品です。
■日本経済新聞社賞
「追憶」
田中司(たなかつかさ)
農家の古い納屋でしょうか、土壁が崩れ落ち、瓦が散乱しています。少し開いた木戸の描写は力量を感じます。50号のキャンバスに懐かしい昭和の生活を思い出し、まるで時が止まったような錯覚を起こします。
色調も全体的にシックで落ち着いていて、見ていて心地よい作品です。
■毎日新聞社賞
「旭光推進」
長澤秀馬(ながさわしゅうま)
工場か工事現場なのでしょうか、大胆な構図のなか、夕方の光線がたくさんの機械に当たり、何段階もの深い影と光のグラデーションが場面をしっかりと浮かび上がらせている好作です。
平面的で写真的な描写ですが、光と影の的確な扱いと処理とが十分発揮されて、この場面が作者にとっての特別な場所になって、それが見るものに強く伝わってきます。
手前の水たまりなのでしょうか。映っている辺りのところが少しあいまいな気もします。今後の作品展開に大いに期待しています。
■NHKさいたま放送局賞
「姉妹仲良く」
田宮澄子(たみやすみこ)
メリーゴーランドで遊ぶ姉妹の楽しそうな声が聞こえてくるようです。
逆光による色彩で構成された、美しい作品です。大胆なタッチが生き生きとした作風を醸し出してもいます。少々荒っぽさが目立ちますが、中間色の美しいハーモニーが観る人の目を和ませてくれます。のびやかな筆力と自由な表現に今後も期待しています。
■読売新聞社賞
「貫徹の懸隔」
コーコラン マーク ボイド 健太(こーこらんまーくぼいどけんた)
とてもシャープな作品、という第一印象です。良く見ると、画面の隅々まで神経が行き届き、感心しました。
色彩も暖色、寒色、中間色、それぞれバランス良く配置され、車の窓やボディへの映り込みなどの形や調子の強弱、色彩の変化など繊細な感覚と共に割り切りの良さもあり、若さという力を感じました。
また、デジカメ、パソコンなどを積極的に活用することで、表現の幅も広がるのだろうと思いました。
■テレビ埼玉賞
「回想」
岡野菊市(おかのきくいち)
今回の受賞作品には、緑の木々を描いたようなごく普通の風景画は1点も選ばれませんでした。この作品もそういう意味では、風景画というよりも情景を作者のほうに引き寄せて描いたものでしょう。描きたい機関車に集中して、その一部を真横から切り取って描ききった堂々たる力作に圧倒されます。
その難しい切り取り方ながら、重量感、サイズなどの質感、的確な色彩の配置によって力強さが表現されていて、作者の描きたいものがはっきりと伝わってきます。
今後のより強い色彩表現に期待するとともに、隙間から見える向こう側の表現と手前の白い標識の位置には一考を要すると思います。
■埼玉県美術家協会会長賞
「D-GIN・エンイ」
醍醐イサム(だいごいさむ)
紙と木炭による表現を用いて何かを描き出そうとしているのでしょう。強い空間意識を感じます。構成は線と面による円と曲線を用いて、白から黒にいたるトーンもとても豊かです。意識か無意識か分かりませんが、中央下部に竜頭が見え、その周りの細い線による伸びやかな曲線と円が、強烈な風の流れを感じさせてくれます。
とにもかくにも空間の表現が素晴らしいと思いました。
■高田誠記念賞
「海辺の部屋」
大野文子(おおのふみこ)
グレー調の色彩を抑えた画面に、しっかりとしたコンポジションで室内の情景を表現した秀作です。
部屋から戸外の海景へと抜ける空間に、開放感と一つの世界観を演出しています。重厚なマチェール(絵肌)の効果で、画面に緊張感をもたらしています。落ち着いて制作に取り組む作者の姿勢に、好感が持てる作品となりました。
第3部「彫刻」
審査主任 原田治展(はらだはるのぶ)
第65回県展彫刻部の鑑審査は、公募団体展、個展活動、県展の招待出品の経験を重ねて彫刻の作家活動をしている7名の審査員が担当しました。
様々な社会環境の中で一生懸命に制作された県展出品者の作品に対し、審査員全員真摯に向かい合い、第一次、第二次鑑査を行い、更に協議を重ね、厳正、公正な入選の鑑査と受賞作品の審査に当たりました。
彫刻としての構築、構成、量塊、空間表現等、確かな技術力と感性の感じられる完成度の高い作品が多く見られました。5名の17歳から80歳代までの幅広い出品者の作品が一堂に会しました。今後の努力と情熱と研鑽に期待がもたれると強く感じられます。
委嘱作品の受賞については、感性はもちろんですが、技術力に裏づけされた堅実で完成度の高い作品が選出されました。
表現者としての皆様の独創性の豊かな力作を、今後とも期待しております。
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「回帰」
大久保貴志(おおくぼたかし)
横たわった大きな黒御影石に、ドリル跡のある白御影石を手前にはめ込み、それに呼応するように奥には1メートル角程の真中に大きな穴の空いた赤御影石が45度に設置されています。
それは丹念に美しく裏全面まで磨き上げられ、穴の手前と奥には異次元の世界を感じさせる面白さがあり、正面にあえて荒い石肌を残し、その触感の魅力や存在感の強さを感じさせます。
形の大きさや面と色の変化を活用し、上手く構成した優れた作品と思います。
■埼玉県議会議長賞
「紙倉庫の日曜日 1985」
丸山栄子(まるやまえいこ)
少年が鶏を抱っこしている立像です。
「紙倉庫の日曜日」と名付けられた作品は、なぜかほのぼのとした昭和の良き時代を思い出させてくれます。安定感のある作品です。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「羽衣」
鈴木亮翔(すずきりょうか)
素材はインドの砂岩。砂岩としては、比較的粘りのある石の様です。石の性質、風合をうまく生かした作品です。やや左に傾けた、自然でゆったりとした動きが、柔らかな空間を生み出しています。台座との接地面を小さくとることにより、緊張感が生まれ、細部にこだわらず、おおらかな仕事でありながら神経の行き届いた秀作です。
■埼玉県美術家協会賞
「内なる声に Ⅱ」
荒木実(あらきみのる)
黒くて堅い石の世界も作家にとっては、人との繋がりを保つツールです。
硬度のある立方体の石には亀裂が走り、不定形の穴が穿ってあり、様々な声が内包されているように感じます。世界に連鎖する天災、人災も全て石の中。確かに私は内なる声を聞きました。
■埼玉県美術家協会賞
「春眠」
奥平陽和(おくだいらひより)
若い女性が夢うつつにまどろむ、ほぼ実寸大の首像です。等身大の人体像や石などの実材の大作と比較すると小品ではありますが、モデルをよく観察し、人間の頭部、顔の構造を正確にとらえて表現しようという真面目で熱心な作者の配慮が行き届き、優れた作品となっています。
彫刻を学んでいる学生ということですので、今後の創作活動に期待しています。
■東京新聞賞
「あえか」
西嶋紅音(にしじまあかね)
等身大の具象作品として少しうつむきかげんの自然なポーズ、若々しい姿、動きが有り、存在感のある大作です。現在の3Dプリンターで立体作品が出来る時代、自分の手で無から彫刻を制作することが自分自身の表現だと思います。
高校生の作者には更にデッサン力を高め、今後の作品も楽しみに期待しています。
■埼玉県美術家協会会長賞
「三美人」
相子瑞惠(あいこみずえ)
大きな薄肉のレリーフで、3人の裸婦を正面、側面、背面とバランスよく構成された作品です。しっかりしたデッサン力と動勢、そして作者の感受性の優しさまで感じられます。また、木の素材を生かしたしっとりとした着色が、人体の豊穣性とうまく合致した優れた作品になっています。
■高田誠記念賞
「シベリア」
中村和彦(なかむらかずひこ)
高い技術力に培われた表現力は、胸像で有りながら存在感のある作品です。肩越しにはるか彼方へ向けた視線は、何を見ているのでしょう。
第4部「工芸」
審査主任 高田兵庫(たかだひょうご)
第65回展の工芸部門は、昨年とほぼ同じ出品数をいただきました。出品作品の規格の制限(立体は50センチ以下)が響いたとは思いませんが、伸びやかでおおらかな作品が少ないと感じました。会場の許す限り、多くの作品を入選させようと思いましたが、前回より少しばかり少なくなりました。
知事賞の作品は、戦国武将の兜もこのように作られたのかと知らされるもので、入念な作であり、漆皮(しっぴ)という技術に驚かされます。また、数ある陶芸の作品の中で埼玉県議会議長賞を贈られた花器は、後に作者がご高齢であることを知らされ、感じ入った次第です。
ただ、作品の中で技術的には素晴らしいのに何か考え違いをしていて、店で売られている商品のように思えて入選しないものがあります。デザインや意匠を少し考えていただけたら受賞するような作品が多いのです。県展を勉強の場にしていただけると素晴らしいと思います。
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「深海輝」
中山信子(なかやまのぶこ)
深く沈んだ焦げ茶の色合いは、不思議な美しさと透明感があり、生漆を十数回ハケで塗り込んでいく作業が、見事な色のハーモニーを生み出しています。木形を作り牛床皮(表皮をはいだスエードの皮)を何枚となく貼りあわせ、船形に補整することによりフォルムに重量感が出て安定しています。波の造形と象眼により、海の深さを感じ取ることができ、技術、技法、意匠(デザイン)共々申し分なく説得力のある作品に仕上がっています。
■埼玉県議会議長賞
「鉄彩線紋花器」
内田好江(うちだよしえ)
ロクロ成形後、器体を三陵に変形させ、リズミカルな線紋を施し、マット系の釉を施釉した作品。散らした鉄分の濃淡がうまく配分され表情を与えています。難しい技法は使用されていませんが、80歳の方の作品とは思えない程、若々しさに溢れ、バランスのとれた秀作です。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「春風」
稲吉洋子(いなよしようこ)
桐塑木目込み人形の作品です。素肌の部分は胡粉で仕上げています。
目に見えぬ風を感じて、右手をすっと伸ばしている様子は、幼子の動きのあるあどけなさを感じます。肌の胡粉の仕上がり、木目込みの作り、バランス感、どれをとっても素晴らしく半天の桜が一層春を感じさせてくれました。
■埼玉県美術家協会賞
「染付絵変り組皿」
木村美智子(きむらみちこ)
呉須(コバルト)で五枚組の皿に菜花、桜、麦、水蓮、合歓を描いた作品です。白磁の25センチほどの皿に淡い上品な青でこれらの花や穂が生き生きと描かれ、器体(皿)も見事に揃えられ、熟達の技も感じられる素晴らしい組食器です。なにより描かれた呉須絵の濃淡の美しさ、構図の的確さに素晴らしさを感じます。
■埼玉県美術家協会賞
「おくりもの」
神保ふみえ(じんぼふみえ)
静かな祈りを感じる染色の秀作です。美しい線で、さらりと描かれた画面の向こうに奥行きを感じる、作者ならではの世界観があります。作者の積み重ねてこられたであろう様々な時間や思いを、やわらかな白と青の世界で静かに語っています。作者の控えめながらも、深みのある表現を今後も見てみたいと思いました。
■埼玉県美術家協会賞
「縫取織着物『小夜』」
安部里香(あべさとか)
若い作家の新しい挑戦を感じました。伝統的な、段替りの大きな横縞の構図で地を平織りした上に、同時に縫取織りの技法で一段一段、自由に横糸で草花を織り重ねた構図です。ともすれば手堅くまとめてしまう着物のデザインに一石を投じたことになりました。
今後は、夏の薄物の着物としての耐久性と縫取織りの技法、表現の更なる研鑽を期待しています。
■埼玉新聞社賞
「包」
木村佳奈(きむらかな)
銅板の鍛金作品です。当て金という鉄の道具の上に置いた銅板を金槌で打っては「焼きなまし」を繰り返して立体にしていきます。この作品は円筒形から変形絞りと鏨作業を粘り強く進め、難しい「合わせ」を完成させています。風呂敷の結びの部分も鏨で成形し、銀ロウ付けで布の端を取り付けたり、煮色着色後の銀箔、錫箔による加飾など、金工の様々な技術・技法を駆使した、高校生とは思えない見事な作品です。
■高田誠記念賞
「帯(草木染)」
頼成京子(らいじょうきょうこ)
熟練の作者による織りの帯です。浮き織りで表現された縦縞は、質の良い絹糸を作者の持つ絶妙な色彩感覚で植物染めしたものです。抑制の効いた色彩バランスと、糸質を見極める力は、作者の永年の研鑽によるものだと思います。積み重ねた時間と品格を感じる逸品です。
第5部「書」
審査主任 加藤東陽(かとうとうよう)
第65回展の応募作品は偶然でしょうか、昨年と同数の547点でした。近年の出品点数の減少傾向を回復するには至りませんでしたが、出品点数を増やす努力は、これからも続けたいと思います。
審査に当たっては、出品者の気持ちになって厳正かつ公正に285点の入選作を決定しました。出品作品は、書体・書風・作品様式等、多岐多彩で技量的にも技術的にも中々の充実振りを示すものが多くあり、まず鑑査を三次にわたって行いました。入選者の年齢は高校生から80歳代までと幅広さを感じます。
審査も一層の厳正を期すため、三次にわたり実施しました。これにより、一般と会員の中から10点の特選を決定しました。幾度も見直し、最後まで残った受賞作品は、感性豊かな力作揃いで、審査員一同その絞込みに苦慮いたしました。受賞作はいずれも確かな練度に裏打ちされた書格の高い作品です。
全体を通して、若い力の台頭も徐々に見られるなど、今後に期待を持てるのではないかと強く感じました。
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「観猟詩」
吉野麗香(よしのれいか)
書き出しの「風」の第1画目(縦画)に、筆者が作品と取り組む気迫が伝わってきます。筆は練達、意は縦横。峻逸精練な筆致で一貫しており気脈貫通の妙、特に二行目の「蹄」の終筆が全体を引き締めています。やりすぎるとか行きすぎるという感はなく、高尚で麗しさが漂う快作です。
■埼玉県議会議長賞
「韋應物詩」
川村彩雲(かわむらさいうん)
ことさら力まずに自然な運筆で、詩情が溢れる密度の濃い作品です。時折見せる2字連綿が、全体のリズムに変化を与え作品効果を高めています。兼毫筆特有の筆触が鮮やかで健筆、字々生気を帯びて明るく叙情的な独自の世界を表現した上々作です。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「春日野の」
鎌田公子(かまたきみこ)
和歌三首を縦書きにした作品です。すっきりとした余白のとり方の構成が卓越でベテランの作家であることが分かります。運筆も一字ずつしっかりしていて、動きを確かめながらの流動美と、墨付きの要点を心得た潤筆、渇筆の墨色とが相乗して、美しさを引き立たせています。骨太なてらいのない上品さが溢れ、見る人の心を和らげる佳作です。
■埼玉県美術家協会賞
「杜審言詩」
加藤玲香(かとうれいこう)
隷体としては、粗密の文字構成上、まずは撰文が成功の第一歩になります。日頃から絶えず勉強を怠らず、勤しんでいる姿が作品から窺えます。
作品全体の感じは活き活きとしており、個々の文字も、肥痩の工夫が、丁寧にしてあります。潤渇もポイントを定め、運筆のリズムも快い作品になりました。落款は少し固くなり惜しまれます。
■埼玉県美術家協会賞
「良寛詩」
田中香峰(たなかこうほう)
筆圧の変化を効果的に駆使し、文字の大小・運筆の速度と変化に富んだ連綿が心地よい息の長さを感じさせます。また、このリズミカルな筆致と、程よい淡墨とが相俟って、空間や行間に特有の余韻を生み、全体として清爽感漂う、品格の高い作品となっています。
■埼玉県美術家協会賞
「敦厚周慎」
安藤芳月(あんどうほうげつ)
篆刻の良否は、文字を印面に配置する布地における朱白のバランスの良否と、刻する時点での技法水準の高低などが主な審査基準の目安となるわけですが、この作はいずれも群を抜く出来栄え、文字の部分は太めの線が重厚感を増幅し、時に鋭く細みの線を用いることで新鮮味が加わりました。刀法では、力強く切れ味鋭く刀を運び堂々たる風格を表出してみせました。篆刻部門出色の一点と言えるでしょう。
■さいたま市長賞
「王維詩」
里 芳倫(さとほうりん)
止まっては流れ、流れては止まる一定のリズムで書き進むさまはあたかも、打楽器の響きのように心地よく紙面に躍動する筆致に快哉を覚えます。104文字の多字数を、やや行脚が詰まった感がありますが、筆力のこもった行草体で運筆明快、用筆自在に独自の作として書き上げた力量は高く評価されます。
■さいたま市議会議長賞
「贈顧長卿」
笹島久華(ささじまきゅうか)
見事な行間処理が際立つ作品です。それは文字の大小、振幅が織りなす絶妙な調和の産物といえるでしょう。更には墨の潤渇変化も申し分なく、停滞することのない流暢な筆の働きにも並々ならぬ鍛錬の跡がうかがえます。
ただ、少々気になる点といえば、作品上部の余白がやや狭かったように感じられますが、内容の充実振りが欠点をも消し去ってしまったことも事実です。
■時事通信社賞
「送友人歸宜春」
神谷静峰(かみやせいほう)
漢字三行の作品ですが、書作品としてはまだ若さが感じられます。緊張感を保ちながら、リズム性を大切にしているのが、大変良く分かります。行間の余白が生きていて、文字も大きく太く全体を引き締めています。墨色も自然体で良いです。今後も伸び伸びとした線質でおごることなく、前途を期待しています。
■FM NACK5賞
「新勅撰集のうた」
浅見征代(あさみまさよ)
新緑の美しい季節を感じさせる、ぼかしの料紙を上手に利用し、爽やかな、好感の持てる作品になりました。
和歌9首の多字数を構成豊かに仕上げた、優雅なかな作品です。潤渇がうまく、墨の入れ方が自然です。終筆のおさめ方も安定感が有り、中央のゆったりとした見せ場や終盤の引き締め方も見事です。
日頃の研鑽が感じられます。
■埼玉県美術家協会会長賞
「杜甫詩」
細田秋僊(ほそだしゅうせん)
まずは作品の習熟された練度の高さに、圧倒されます。
古隷の素朴な味わいを基本に、作者の感性を多角的に求めた表現方法に思われます。現代にマッチした隷書の方向性を示されているのでしょうか。墨色も冴え冴えとして文字の美しさを放っております。たっぷりとした滲み、渇も確として存在感を失わずに、一線一画が生きた、モダン溢れる作品です。
■高田誠記念賞
「李白詩」
遠藤心齋(えんどうしんさい)
墨色が美しく、墨量の変化が巧みで、筆が雅仙紙をしっかりと捉えています。骨格のしっかりした字形で、点画が伸びやかで懐が広く、格調の高い気宇の大きい作品です。また、淡墨の特質を熟知しており、常に一歩先を見つめた遅速緩急の筆づかいが程よく気分も和らぎ、情趣を一段と高めた作となっています。
第6部「写真」
審査主任 林 喜一(はやしよしかず)
今年は昨年を超える沢山の応募があり、県展が多くの写真愛好家に認知されるようになりました。応募総数は1294点で昨年より52点増となり、入選者数は478点、入選率36.9パーセントでした。審査に当たっては、組写真、自然、生活、海外、その他の分野からの作品を9人の審査員が公平厳正に全てについて目を通してから、第3次審査まで行い、12点と委嘱作品2点の入賞作品が決定しました。入賞作品はいずれも作者の作画意図がしっかりしていて、仕上げにいたるまでの完成度が高いものばかりでした。
また、入選のレベルも毎年上がっていますが、最後のパネル仕上げでの不備が多く見つかり、残念な結果になった作品もあります。県展の写真のレベルは高く、入選させたい作品もありましたが、展示できるスペースに限りがあり、残念な結果になった作品もありました。
来年展に向けて沢山のご応募を期待しています。
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「左岸第5地区」
小谷和己(こたにかずみ)
白い壁面と路面を光と影だけの描写で、風を感じるように見せています。既成の写真をなぞらないようなフレーミングも新鮮です。作風は控えめながら、見る側を引き付ける力を持っています。人物を登場させないようにして、二つの自転車だけでそこの気配を感じさせ、写真の広がりを伝えてくれました。気持ちを込めて撮影した、作者の心の動きまでが伝わって来るようで、内容豊かな作品になっています。
■埼玉県議会議長賞
「日々」
山下智子(やましたさとこ)
この地で暮らしている家族は、貧しくも幸せな生活を続けているように見えます。ゆったりとした時間が続いているようで、ある種の郷愁を感じるかのように見せています。作者の素直な表現力でバランス良くまとめ、4枚の写真が互いに響き合い、内容を膨らませる作品に仕上がりました。
■埼玉県教育委員会教育長賞
「空風の頃」
新井房子(あらいふさこ)
用意万端整えて、この時間帯の中で秋の紅葉と大根干しを見事に調和させました。作者は光を使って表現する技術を持っているようです。最近の農家の作業風景を象徴しているかのような場面を、斬新な構成と立体的に見せる技を駆使して、新しいスタイルの作品に仕上げています。
■埼玉県美術家協会賞
「月光」
小林伸一(こばやししんいち)
海鳴りが聞こえ、闇夜に漂う潮の匂いがして来るようです。厳しい撮影条件のこの場所で撮影する確かな技術と、そこを表現する独自の力を備えています。切り口も新鮮で、複雑な波の動きの中に見える淡く美しい月と、赤い鳥居がポイントになっていて、きれいに仕上げています。
■埼玉県美術家協会賞
「水中から舞う」
髙田君子(たかだきみこ)
余分なことに神経を使わずに、この一瞬に賭けた一枚と言えます。警戒心の強いヤマセミを直視し、躍動感のある作品に仕上げました。舞い上がる羽の美しさと、全体の形にリズムがあり、この作品の魅力になりました。千載一遇の出会いと、このシーンを物にした作者の技術は本物と感じ入りました。
■埼玉県美術家協会賞
「絆・ヒンバ村にて」
森口菊枝(もりぐちきくえ)
不思議な国の生活のひとこまです。幼い母の横顔が少しだけ見えていて、人間の生の魅力が素直に出ています。表情は10代の母親のようにも見え、異国の生活環境の違いを感じました。作者がここまで接近して撮影したことで、インパクトのある描写になっており、本当の姿がリアルに出ています。
■埼玉県美術家協会賞
「したたり」
一瀬邦子(いちのせくにこ)
現実を非現実的に見せた作者のカメラアイが光っています。身近な素材選びの中に、したたる水滴までを克明に捉え、不思議な力があります。昔の壁画の中に閉じ込めたかのように、渋い内容で絵画的な作品に仕上げたセンスの良さを感じます。
■さいたま市長賞
「午後のひととき」
大谷佑二(おおやゆうじ)
過ぎし日の思い出を語り合っているかのように、清々しいカップルの幸せ感が滲み出ています。左右対称の近代的空間をハイキー調にした、仕上がりの良い質感に好感が持てます。すっきりとした画面構成で心地良い作品になりました。
■さいたま市教育委員会教育長賞
「前へ!前へ!」
吉田智司(よしださとし)
シャッタースピードを生かして、そのスピード感を上手く表現した作品です。後方の人物も良い味付けになって、この環境にピッタリと収まっています。オリンピックの話題と相まって、効果的に盛り上げてくれるような作品になりました。
■朝日新聞社賞
「凍てつく町」
齋藤英雄(さいとうひでお)
モノクロの表現と作者のプリント技術が優れていることにより、凍てつく町の様子が6枚の写真の中にバランス良く納まっています。レトロな雰囲気が少し見えるように、落ち着いた色調で細部まで気を配り、きれいにまとめています。作者の行き届いた描写には説得力があります。
■NHKさいたま放送局賞
「人影交差」
中澤洋男(なかざわひろお)
作者は群衆を撮るポイントを心得ているようです。雑踏に向かって進む人々の残像が尾を引くように、うっすらと滲み出ていて、効果的です。人と影と光をやや色彩を抑えて表現したことにより、人の動きが一つの流れのように見えています。
■共同通信社賞
「そして今」
野本博(のもとひろし)
何年もの歳月が詰まっているかのように、その時間帯の中で見せたい所だけを静かに表現しています。4枚のトータルバランスでそれぞれが良いつながりになって、安定感のある詩を感じさせるような内容になっています。
■埼玉県美術家協会会長賞
「いくつもの平日」
宮川綾子(みやかわあやこ)
日常の見慣れている所を、おしゃれな作風で、何気なくさらりと捉えています。女性らしい被写体への接近で、写真から来る味わいのようなものが出ています。想いを膨らませながら詩心を持って仕上げた作品のように見えます。
■高田誠記念賞
「光る春」
古怒田潔(こぬたきよし)
春色をモノクロの世界に呼び込んで表現する作風には、作者流のインパクトがあります。慌ただしい気配を感じさせるようにして、ドラマチックに見せてくれました。暗く落とした画面に調和された世界も、作者が思いを膨らませている内面描写で、ハイレベルな作品に仕上げています。